ライバルとして
「光ちゃんは、今も太陽君のことを、どう思ってるの?」
親友から真っ直ぐな問い。
親友である千絵は光に全てを曝け出した。なら今度は光が全てを曝け出す番だ。
光が今も太陽に抱える想い。それは今も昔も、変わらない。
だが、その言葉は太陽を傷つけた今の自分に言う資格はない。
だが、見透かす様な真摯なる態度の千絵に光の塞いでいた感情の蓋に亀裂が入る。
言ってしまっていいのだろうか、内心に自身に問答を続ける光だが、亀裂は徐々に広がる。
溢れ出しそうなる感情。蘇るのは太陽と過ごした日々。
中には辛い思い出もある。喧嘩した思い出もある。だが、それら全てが尊い日々。
「私は――――――――」
言いかけた言葉を飲み込む様に口を閉ざす。だが、閉ざしていた口が我慢できない様に涙ぐみながら開かれる。
「わたし、は……太陽の事が、好き、だよ……。忘れられなかった、諦めきれなかった……。だって太陽は、私にとって、いつも助けてくれるヒーローそのもの。私がこうやって頑張ってこれたのは、太陽が居てくれたから! 好き、好き好き! 大好き! 今も昔も! ずっと!」
自らの恋心に蓋をして1年半。その蓋が砕かれ、光は封印していた言葉を叫んだ。
何度も忘れようと思った。何度も諦めようと思った。だけど、出来なかった。
簡単に出来たらどれだけ楽だっただろうか。いっそのこと、記憶自体を消したいとも思った。
だがそれを考える度に、太陽との楽しかった日々を思い出して、やっぱり忘れたくないと涙した。
だからこそ、せめてその言葉だけは言わない様に隠していた。昔の事を語っても、今の気持ちは決して口にしまいと。だが、遂に言ってしまった。
他者に言葉を想いを告げたと同時に自身にも直面する。やっぱり自分は太陽が好きなんだと。
「それが、光ちゃんの本当の想い、なんだね?」
確認を取る千絵に光は顔を濡らしながらに何度も頷く。
「好き、だよ。太陽以外の人なんか好きになれない! 太陽の隣だって、本当は私が居たい! 誰かに譲りたくない! 私以外の誰かが隣にいるなんて、苦痛だよ!」
塞いでいた感情が溢れた影響か激情に叫ぶ光だが、千絵は臆する事も引く事もしない。逆に同情的な目をしていた。
「光ちゃんって案外嫉妬深かったんだね」
「当たり前だよ。それだけ私は、太陽の事が、好きだから……」
今になって自身の発言を思い返したのか口籠る光に、千絵はポケットからハンカチを取り出し。
「光ちゃんの気持ち、私にも分かるよ。だって、私も同じことを考えているから」
そう言いながら、千絵は光の涙で濡れた顔をハンカチで優しく拭う。
「光ちゃんの気持ち、確認出来て良かったよ。じゃないと、叩かれた甲斐が無いからね」
したり顔を浮かべる千絵に光は唖然となり。
「も、もしかして千絵ちゃん……。私にこれを言わせるために、あんな演技をしたの!?」
光の太陽に対する想いを引き出す為に、千絵は悪女を演じていたのだろうか。
もしそうなら、女優を目指せるレベルだ。
「残念。確かに膨張した部分はないとも言えないけど、あれは紛れもない私の本心。嘘偽りない光ちゃんへの不満だよ。実際、ここまで来てまだ真意を隠そうとしたのなら、本気で絶交していたけどね」
つまり嘘半分、本音半分ってところだろうか。それでも光はまんまと騙されていた。
そもそも、光の本音を確かめる為にあそこまでするのか疑問である。他に目的があるのではと勘繰ってしまうほどに。
「千絵ちゃんは、なんでここまで私にしてくれるの……? こんな事をして、千絵ちゃんに何の得が」
人間は損得勘定で動く生物。勿論中にも例外はいる。
だが、あそこまで本音を吐き散らかした千絵が自身に得も無く動くだろうか。
絶対にある。だが、それが全く分からない。千絵は露骨に考える素振りをして。
「うーん。得、ね。そうだね。強いていうなら、将来光ちゃんには、私と太陽君の結婚式に友人代表でスピーチしてもらうためかな」
「は?」
突然このチビは何を言いだすのだろと光は目を点にする。
「だってそうだよ。光ちゃんの真意を知らずにゴールしたとしても後味が悪すぎるからね。私は、正々堂々と戦って、幸せを掴み取りたい。心の底から自分が幸せだと感じられるように」
千絵から冗談の欠片も無かった。本気で太陽を貰うつもりだ。
そして千絵は少年漫画の様に拳を光に突き立て。
「だから光ちゃん。私たちは親友だよ? だけど、これからそれだけじゃない。これからは恋のライバルとして光ちゃんにライバル心を燃やすよ。だから、
親友から恋を争うライバルとして。千絵からの宣戦布告。
だが、光はそれを受けれなかった。
「……千絵ちゃんの気持ちは嬉しいよ。だけどごめん。それは無理だよ……」
「どうして?」
「どうしてって……。知ってるはずだよ。私は太陽を傷つけた。私の真意がどうであれ、どんな理由があろうと私が傷つけた事実は変わらない。そんな私に、太陽はもう、微笑んではくれない。勝てる訳がないよ」
始まる前から諦めている光だが、千絵は首を横に振る。
「ううん。大丈夫だよ光ちゃん。太陽君はとんだお人好し野郎だよ? なら、太陽君が光ちゃんの本当の事を知ったら、全部が全部とは言わなくても、僅かでも今よりかは改善されるはずだよ。私がそう保証するよ」
「……根拠はあるの?」
「根拠なんてないよ。だけど、私の感がそう囁いているの。信じてくれてもいいんだよ? なんせ、私はずっと太陽君を見てきたから、誰よりも太陽君の事を知ってるって自負できるほどにね」
自信満々に胸を張る千絵の態度に呆れ怒りを通り越して笑ってしまう。
「ぷはははっ。なにそれ、てか、それは私に対しての嫌味かなにか?」
「そう捉えてくれても結構だよ。光ちゃん。私、負けないからね」
先程合わせられなかった拳を再び突き立てる千絵に、光は親友の言葉で僅かに晴れた心で拳を合わせる。
「千絵ちゃん。ありがとね。千絵ちゃんが私の親友で、本当に良かったよ」
「ニシシッ。どう致しまして、親友さん」
千絵と光の騒然として会話が終わり、2人は体育倉庫前で別れた。
このまま2人で帰るのはバツが悪く別々で帰ろうと提案したのは千絵だ。
千絵は体育館倉庫の鍵を閉めてから帰ると言い、何から何まで任せてしまい申し訳なそうな光だったが、千絵に見送られながらに去って行く。
光の姿が見えなくなるまで小さく手を降り見送っていた千絵だが、見えなくなった所で振っていた手を下ろす。そして踵を返して体育倉庫内へと入って行く。
普通なら、このまま鍵を閉めるだけでいいのだが、千絵はまずしないといけない事があった。
そもそも何故千絵は光との密会場所を体育倉庫に選んだのか。
理由は幾つかある。
まず1つ目は、ここは人の出入りが殆どない。倉庫内にはハードルや高跳びなどの道具は置かれているが、これらは殆ど体育の時間で使用されるもの。陸上部専用は陸上部が保有する倉庫にある。つまり、この倉庫は体育の時間以外では使われない。すなわち放課後になればここに立ち寄る者いない事になる。
2つ目は、ここなら光にバレる事なく隠せるからだ。
倉庫内に入った千絵は悠然とした足取りで最初に自分が座っていた跳び箱へと歩み寄る。
そして、倉庫内に千絵以外の人物がいないにも関わらずに、千絵は独り言を始める。
「あーあっ、本当に光ちゃんは加減が出来てないよ。叩かれた頬、未だにヒリヒリする」
光に叩かれてまだ僅かに紅い頬を摩す千絵だが、跳び箱を見下ろし。
「それにしても、本当に罪深いよね。少なくとも、私に、光ちゃん、そして恐らく御影さん。この3人の女子から好意を寄せられるなんて。どんな星の許に生まれたらそんな漫画みたいな関係に発展するんだろう、か!」
ドン!と力強く跳び箱を蹴る千絵。蹴った時に爪先が痛かったのは内緒である。
千絵は跳び箱の上段のクッション部分を摩り。
「聞いていたよね? あれが、光ちゃんの本心だよ。私も言った通り、全部が全部を許してあげてとは言わないよ。だけど、分かってあげてほしい。光ちゃんもずっと苦しんでいたってことを。そして、これは私にも関係するけど、今度は君の言葉で決めてほしい。誰を、選ぶのかを」
千絵は跳び箱の上段を開けて中を覗き込み。
「君の言葉なら、私も納得できるから。だから、お願いね―――――太陽君」
跳び箱の中に事の発端でもある古坂太陽の姿がそこにあった。
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