お姫様

 それは光の幼き日。

 小学生の頃の光は、とある理由から男の恰好をしていた今にしては黒歴史の日。

 

 職員室に女性担任の一喝が響く。


『ほら古坂君。他の皆も謝ったんだから、君も謝りなさい!』


『イヤだ!』


 女性担任にも負けない程の声量で太陽が拒否。

 女性担任はもう20分も同じ問答に嫌気が差しているのか涙目で。


『なんでぇ? 皆も謝ったんだから、貴方が謝れば……』


 女性担任は太陽と対面して立つ3人の男子を見る。

 男子たちは所々に掠り傷と打撲傷があり、それを付けたのは他でもない太陽である。

 だが太陽も3人に敗けない程に体中に傷跡があり、それに意地を張っているのかと思ったが違った。


『なんで俺に謝るんだよ! 謝る相手がちがうだろ! こいつらは光をイジメたんだぞ!』


 太陽の喧嘩の原因は、男子3人が幼馴染の光をイジメていたこと。

 太陽は光をイジメる行為が許せずに男子たちに割って入り、先生が複数人で止める程の騒ぎに発展した。


『俺以上に光がきずついたんだ! だから! こいつらが光に謝るまで、俺は絶対に謝らない!』


 太陽が意固地になって謝らない理由はそこにあった。

  

 職員室に光の姿はないが、最終的に騒ぎを大きくしたのは太陽と男子3人によるもの。

 事の発端である光は別室で傷の手当をされている。多分、恰好は男子でも女子だからだろう。

 

 結局、後日親を交えた対談で終わり、その日は解散となった放課後。

 太陽と光は一緒に帰路を歩いていた。2人の家は隣同士だから必然だろう。

 その最中、太陽の後ろを歩く光が、弱い声で呟く。


『太陽……ごめん』


『なんでお前が謝るんだよ。悪いのはイジメて来たアイツらだろ。お前が謝る必要はねえ』


 いつも気の強さを晒す光の弱々しい声に太陽はバツの悪い顔で返す。

 今回の喧嘩は太陽と男子3人としての処理になるが、元々太陽は無関係。

 結果的に太陽が光を庇った形になったことに光本人が納得していない。だが、1つだけ理解しているのは、


『けど、アイツらが俺をイジメてきたのも分かるよ……。だって俺は、似合わないくせに、演劇会でお姫様役になろうとしたんだから……』


 イジメの発端は3ヵ月後に行われる学校行事である『演劇会』。

 それはクラス毎で演劇を披露する晴れの舞台。

 太陽と光のクラスで披露する事になった劇は『シンデレラ姫』。定番中の定番であるが、小学生が演じられる程度の劇は限られており、担任が職員会議で勝ち取ってきたのだ。

 

 演目が決ったことで次に決めるのは配役。誰が王子様役で誰がお姫様役なのかだ。

 役決めは立候補で、その際に光が我先にとお姫様役に自身を立候補したのだ。


 元気一杯に挙げられた手。だが次に飛んで来たのは周りからの冷笑だ。

 「男みたいなお前が似合うわけがない」「他のクラスに笑われるだけ」「引っ込んでろ男女」など飛び交い、伸ばし切った光の手は力なく降り、尚も馬鹿にする笑いが飛び交う。


 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 配役決めが終わったあと、光への揶揄いは止まない。

 面白がった3人の男子が囲むように光を嘲笑う。内容は陳腐だが同調する者がいれば大きくなる。

 他者を嘲笑う事で自分に優越を抱く男子たちに、我慢していた光は遂にキレ、男子たちに手を出した。

 

 暴力で反撃を喰らった男子たちはムキになり、教室を騒然とさせる程の喧嘩に発展した。

 光は喧嘩は強い方だが、多勢に無勢で劣勢になる。それに割って入ったのは太陽ではなく、当時まだ交流して間もない千絵だった。


『やめて! わたぐちさんを……いじめないで!」


 怯えながらに光を庇う千絵。だが喧嘩をした事がない千絵に止められるわけがなく。


『うるせ地味女!」


 と一発殴られ千絵は倒れる。

 千絵が倒れた事に光の怒りは沸き立ち。


『テメェ! よくも!』


 初めて千絵に友情を感じた光は仇打ちと殴りかかるが、状況は変わらず光の劣勢。

 悔しいと涙する光の許に、ヒーローはやって来る。


『テメェら! 何俺の友達に手を出してやがるんだ!』


 光がイジメられている時間に水を飲みに行っていた太陽が戻って来て現場を目撃。

 激情した太陽が後方から虐めっ子の男子を蹴り飛ばす。


『痛ぇえ! おい古坂! お前、女子なんかかばうのかよ!』


 小学生特有の思春期思考の女子と関わる男子は悪から基づき叫ぶ男子に太陽は一蹴する。


『うるせぇえ! 男とか女とか関係ねえ! テメェらは俺の友達を泣かせたんだ! 絶対に許さないからなッ!』


 そういう経緯があって複数の大人が来る程の喧嘩に発展したのだ。


 幸いあまり怪我を負う事はなかった光だが、その心に深い傷を負っていた。 


『なぁ太陽……俺さ。お姫様なんて似合わないのかな……』


 光は自覚している。自分がお姫様に似合ってないと。

 お姫様はキラキラと輝く誰もが憧れる女性の象徴。

 一方で光は女性らしさの欠片もない、泥臭い男の恰好。性別は女でも自分には似合わないと思っている。だが太陽は違った。


『バーカ。たしかにお前は、男みたいだけど、お前は女だろ光。女ならお姫様にあこがれるのは変じゃないだろ? なんせお前は、幼稚園のころに『シンデレラ』とかが好きすぎて、その絵本抱えて寝てたぐらいだからな』


『ば、ばか! それは今すぐ忘れろ!』


 真剣に悩んでいるのに最後の最後に昔の恥ずかしい記憶を思い出されて睨む。 

 だが直ぐに悲しい顔になり。


『だけど、今の男みたいな俺が、お姫様なんて似合うはずがない……。それに、もし仮になれたとしても、こんな俺みたいなお姫様に王子様なんて……』


『なら、俺がなってやるよ、お前の王子様に』


 悲嘆し諦めかけた光に告げた希望の言葉。

 突然の告白じみた言葉に光は狼狽する。


『な、なに言ってるんだバカ太陽! お前、それって!』


『なに赤くなってるんだよ光? てか、周りのやつは知らないだけで、お前はめっちゃお姫様みたいだぜ。なんせ、笑顔が一番可愛んだからな』


『は、へ、え、笑顔!?』


 光は自身の笑顔を指され顔を摩るが勿論だが自分の笑顔なんて分かるわけがない。

 光は初めて言われた。可愛いなんて。いつも男女とばかりにされてきたから。


『だから光、お前は可愛いよ。もし他の奴らが光をバカにしたら俺を呼べ。俺がそいつらをボコボコにするからよ。なんせ俺は、お前の王子様なんだからな』


 太陽の名前の通り、他のモノにも負けない程の輝く自信に満ちた笑顔。その笑顔は光の傷を癒す。

 だが光は気付いた。太陽の言う王子様の意味を。

 光の言う王子様は勿論助けてくれる存在でもあるが、生涯の愛を誓いあう恋愛面の意味である。

 しかし太陽の言う王子様とは、所謂正義の味方的存在で、どちらかと言うとヒーローに近い。

 太陽はまだ子供だから恋愛に疎いのは仕方ない。だが、今はそれだけで十分だった。


『なーにカッコつけたこと言ってるんだ、バカ太陽』


『んなっ! おい! 俺が今お前を励ましてるのに!』


『うるさい。お前なんかに励まされてもうれしくないよ』


 太陽の横をスタスタと通り過ぎ先に帰ろうとする光。

 後方からぎゃあぎぁあと太陽の叫びが聞こえるはずだが、光の耳に入らない。

 

 先程光が言った言葉は嘘だ。

 嬉しい。光の心を埋める程に大きい。だが今は光は顔を見られたくなかった。


 今の光の顔は、もう直ぐ来る朱色の夕焼けにも負けない程に真っ赤に染まっていた。

 そして光は熱くなる顔に笑みを浮かばせ。

 

『太陽の、バーカ♪』


 帰路を進む速足から、走るに変わり、一刻でも家に帰ろうと急ぐ。

 太陽を置いて一足早く家に着いた光は、ドタバタと廊下を走り、リビングにいる母親の許に向かう。


『お母さんお母さん!』


『どうしたの光、そんなに慌てて……。その前に光、先程学校から』


『いいからいいから! それよりもそれよりも! ねえ! 女の子の服ってないの!?』


 学校の件を遮られ大声に聞かれる事に母親は目を点にして。


『女の子の服って、貴方の? いや、貴方がもうこんなの着ないって言って捨てたじゃない。だから無いわよ』


『ウソッ!? ならお願いお願い! 洋服買って! 家の手伝いするから!』


 地団駄する娘に母親は困惑する。


『本当にどうしたのよいきなり……。前は私が言っても買わないって言ってたのに……ん?』


 母親はピンと察する。


『そう言えば、先刻さっき学校から連絡があったけど、なんか隣の太陽君が貴方を庇ったらしいわね。もしかしてもしかして~?』


 ニヤニヤと光に詰め寄る母親に光はギクッと目を逸らす。

 だが母親は満悦な笑みを浮かばせ。


『よし分かった! 好きな服を買ってあげるわ! 可愛くなって、太陽君をメロメロにしてやりましょう!』


『そ、そんなんじゃないってお母さん!』


『なら善は急げね! 早速買いに行くわよ光! 太陽君の為に早く可愛くならないとね!』


『だから、そんなんじゃないってぇええええええ!』


 この日を境に光は変わった。


 今まで男子と見紛う程の容姿をしていた光だが、その服装は次の日からガラリと変わった。


 その変わり様を真っ先に目にしたのは、勿論と言うべきか、隣の家同士故に毎日一緒に登校している太陽だった。


『おい光! お前、よくも昨日は俺を置いて―――――!?』


 玄関から出てきた光に第一声に昨日の事で文句を言おうとした太陽だが、光の恰好に面を喰らう。

 

 昨日まで半袖半ズボンだった恰好が、女子らしい服装に様変わりしていた。

 短い髪は一日でどうにか出来ないが、ヘアピンを付けて僅かに女らしさを出している。

 モジモジと恥ずかしがる光は、不安そうに太陽に尋ねる。


『ど、どうかな……太陽。オ、私の恰好は……?』


 いざ着て見て若干後悔中の光。分かっている。こんな女らしい恰好が自分に似合うはずがないと。

 太陽に笑われてしまえば簡単に心が折れそうなぐらいに光の心は脆い。

 だが、そんな光の不安は杞憂だった様で。


『似合ってるじゃねえか光! お姫様みたいだぜ!』


 太陽のその言葉が不安だった光に笑顔の花を咲かせた。


 太陽が似合っていると絶賛しても、周りからの評価は微妙だった。正直に言えば酷評。

 当たり前だ。昨日まで男の恰好をしていた者が突然女の子の恰好をしているのだから、変人に思われても仕方ない。この反応は光が男の恰好をし出した時にもあったから、光は慣れている。

 それに光は、もう周りからの評価なんかを気にしなくなった。

 

 太陽は周りからの評価なんか気にせずに光へ思った事を言ってくれる。

 なら、光はそれだけを信じればいい。


 最初の頃は馬鹿にする者が光を揶揄ったりしたが、歯牙にもかけない光の反応がつまらなくなって徐々に無くなり、光は女らしく生きようと思った。

 そして月日が流れ、短かった髪も陸上に支障にきたさない程度に伸び、身長も伸び、胸なども大人に近づいていき、中学に上がる頃には、そのアイドルに勝る程の容姿と陸上の記録から学校でも有名人になっていた。男も女も夢中にするほどに。


 そうなれば勿論、光を彼女にしようとする者も現れる。その中には、


『渡口、あの、小学生の、お前を馬鹿にして悪かった! お前は俺の事を許してくれないだろうけど、もしお前が良かったら友達からでもいい! 俺とこれから仲良くしてくれないか?』


 光をイジメていた男子グループの1人が光に遠回しの告白をしてきた。

 成長につれて現れる光の魅力に、虐めっ子の1人は中学になって気づいたのだ。

 

 昔虐めてきた相手を許す事は簡単ではない。

 虐めていた人からすれば些細な事かもしれないが、されていた人からすれば生涯刻まれる傷となる。

 だが今の光にその傷はなかった。


「別にいいよ、昔の事だし、私は気にしていないから。それに、友達からだったね? それも別にいいよ』


 光の返答に男子は明るい表情となるが、


『けど、この先にあわよくばって希望があるなら止めといた方がいいよ? それに、私自身も変な希望を持たれるのも嫌だから、この際言っておくね。未来永劫、貴方の事を好きになる事は”絶対に”ないから、そっち方面で考えているなら諦めた方がいいよ?』


 上げて落す悪魔の所業。先程の気にしていないって言葉は嘘である。

 光も虐めてきた相手を許せるほど大人な器は持っていない。確かに傷らしい傷はなく、復讐をしたいなんて思ってはいないが、多少の意趣返しをしたい程の遺恨はあった。が、今のでそれは晴れた。

 男泣きして去って行く男子は『ざまぁみろ』と手を振りながら見送る光。


 ふぅ、と息を吐く光は速足で校門に向かう。校門には光を待つ太陽がいた。

 先程まで陰鬱だった光の表情は、太陽を見た瞬間に笑顔となった。


『太陽お待たせ! 一緒に帰ろう!』


 成長するにつれて光の評価は上がっただろう。

 だが、光は周りからの称賛はいらない。興味もない。

 光が欲しいのは、自分の事をお姫様だと言ってくれる、王子様たいようからの賛辞の言葉だけだった。

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