親友……そして
『わ、わたし……千絵、って言います。よ、よろしくおねがいします!』
光と千絵の出会いは突然だった。
幼馴染である太陽が何も予告も無く、昼休みの遊びにクラスメイトを連れて来た。
それが、現在親友でもある高見沢千絵。当初の千絵は光にとってイライラする存在だった。
当時の同学年の中で中心だった太陽の意向で千絵も遊びの輪に入ったけど、光は千絵に嫉妬した。
いつもは、太陽の明るさに惹かれ、仲間に入れてと言って来る者が殆どだったが、太陽から誘ったのは千絵が初めてで、しかも異性である女子であれば猶更だった。
「私はずっと……千絵ちゃんのこと、心の隅で恨んでた。千絵ちゃんが来るまで、太陽と一番仲の良かったのは私だった……。けど、千絵ちゃんが来た事で、遊ぶのはいつも3人になって、私はずっとモヤモヤしていた」
当時の光は男子の様な恰好をして同級生からの渾名は「男女の光くん」と言われていた。
周りから揶揄われても尚、光は良かった。それはある理由からであった。
小学生の頃の光は、別に好き好んで少年の恰好をしていた訳ではなかった。
「太陽の傍に居たいが為に、小学生の頃の私は悩んで、悩んだ末に――――男子の恰好をしてたのに! なのに千絵ちゃんは、私の苦労を知らないで、太陽の傍にいられたんだから!」
光が少年の様な恰好を選んだのには経緯があった。
小学校に入りたての頃の光は、私服登校だった学校で、可愛らしい服にヒラヒラのスカートとまだ少女の恰好をしていた。
だが、ある出来事があって、光は少女の恰好を捨てた。
幼稚園の頃から太陽と遊んで来た光は、小学生になってからも自然に太陽と遊んでいたが、小学生の頃から徐々に男女の垣根が増え始める。
故に、ある時、クラスの女子に言われたのだ。
『ねえ、光ちゃん……。光ちゃんはずっと男子と遊んでるけど、おかしいよ。光ちゃんは女の子なんだからさ、女の子同士で遊ぼう』
男子と遊ぶのは可笑しい。
光にはその言葉は理解が出来なかった。
何で異性と遊ぶのは駄目なのか、自分が間違っているのだろうか。
その子だけなら流せたかもしれない。だけど、クラス中が男子は男子と、女子は女子と言う感じに分かれていて、いつも遊んでいた男子からも少し腫れもの扱いされているのに気づいたのだ。
――――なんで駄目なの……? ひかりはただ、太陽と遊びたいだけなのに……。ひかりが女の子だから駄目なら……ひかり、女の子じゃなくていい……。
光にとって太陽と遊べなくなるのは苦痛でしかなかった。
女子と遊ぶのがつまらないって訳ではない。ただ、光にとって太陽の傍に居る方が最高に楽しかったのだ。もしかしたら、この時から光が太陽に親友以上の感情を抱いてしまってたのかもしれない。
そうじゃなかったら、母親に買って貰ったお気に入りの服を着なくなるわけがなかった。
その時からだった。光は女の子らしく伸ばしていた髪をバッサリ切り。
反対する母親に意固地になって頼み込み、男の子用の服を買って貰い、その服で登校をし始めたのは。
『よ、よう! た、太陽! ひか……お、俺のこの恰好、どうだ?』
当初の太陽は勿論困惑した。
当たり前だ。昨日まで女の子だった親友が次の日男の子になったのだから。
だが、優しい太陽は姿が変わっても光は光だと思い「似合ってるんじゃねえか?」と言った。
光はそれを僅かに溜飲は下がったが、学校に着いたあとは地獄だった。
同級生全員は笑う者、唖然とする者、揶揄う者など多く。
先生からも虐めや何かあったのではと問い詰められた事もあった。
だが、光は何も後悔はしていなかった。
これなら太陽の傍にいられると思っていたから。周りに笑われても太陽の傍にいられるなら。
「本当に辛かったよ……あの時は。けど、今思えば今も昔も私の考えは浅はかだったんだな……って自分でも笑えるよ。だけど、必死だった。必死で太陽の隣にいられるように努力した……。周りから笑われても、悪戯をされても、太陽といれるなら我慢した」
光は心無い機械ではない。
表面上気丈に振る舞い、嘲笑う者に対して噛みつき自身を保持したが、内心いつも泣いていた。
太陽以外にも仲の良い友達はいたが、太陽と居れる方を選び男装した事で、疎遠になった。
散々苦労して太陽の傍にいる事を選んだ光だが、当時許せない事があった。
光は血が出んばかりに強く唇を噛み、
「なのに、太陽の優しさを理由にいつの間にか傍にいられた千絵ちゃんが憎かった!」
男らしくあろうとする反面、女の子の部分を捨てきられなかった光。
買い物を行っても可愛い服を見つけても、意地が邪魔をして興味ないフリをした。
母親から何度も心配はされたけど、光は頑なに理由を言わなかった。
それだけ苦労した光に対して、千絵は同じ女子にも関わらず誰にも何も言われなかった。
地味でクラスの隅にいた千絵とは対照的に、当時でもある程度の存在だったからかもしれない。
だが、当時の光はそれが面白くなかった。
千絵にきつく当たったこともある。無視した事もある。
だからか、千絵も光とあまり話そうとはしなかった。
しかし、その度に太陽が2人の間の架け橋となって2人の仲を縮めた。
「本当に、最初は千絵ちゃんの存在が疎ましかったよ。辛く接していれば嫌気を差して離れると思っていた。……だけど、千絵ちゃんは離れていかなかった。本当にムカついた。早く離れていけばいいって……なのに、そう思っていた私を千絵ちゃんは……救ってくれた」
光は小学生の頃虐めにあっていた。
原因は光の男装と態度だ。
太陽と傍に居る為に少年を演じていた光はそれに熱が籠ってか、元々の光の気性かは分からないが、馬鹿にして来る者達に対して喧嘩が絶えず、周りに敵を多く作った。その報いが来たのだ。
1人だけなら光ならなんとかなった。だが、多勢に無勢って言葉がある様に、複数で攻められたら光1人ではどうしようも出来なかった。
そんな時だった。
幼馴染の太陽は勿論、光を庇い、光の為に喧嘩をしたが、助けたのは太陽だけではなかった。
『や……止めてよ! わ、わたぐちさんを……いじめないで!』
臆病な心を奮い立たせ光を庇う千絵の姿。怖がり体が震えていた。涙を流していた。
だが、光を守るために千絵は自分よりも強い苛めっ子の前に立った。
その勇敢な千絵を見た光は自身の器の小ささを痛感した。
疎く思い、強く当たっていたのに、そんな光を千絵は救ってくれた。
「千絵ちゃんの勇気が私を救ってくれた……。あの時私は本当に嬉しかった……」
「だけど、結局私は何も出来なかった。光ちゃんを救ったのは、太陽君だよ……」
千絵の言う通り、千絵が光を庇い前に出ても、力の差は歴然。
千絵も突き飛ばされ、光同様乱暴されそうになった時、太陽が現れた。
『テメェら! 何俺の友達に手を出してやがるんだ!』
小学生の頃の太陽は活発なうえ、事故の後遺症が無い健全な状態だからか、喧嘩が強く。
複数人相手でも男子たちを殴り倒して、太陽が2人を救った。
「それでも、千絵ちゃんが私を救ったのには変わりないよ……。男の恰好をする私を、女子からも男子からも馬鹿にされて、周りに味方が太陽だけかと思っていた私を、千絵ちゃんが助けてくれた」
あの頃からだ。光が千絵に対する態度が軟化したのは。
「ハハッ……調子良いよね。疎ましく思っていた相手に助けられて、友達だって思うなんて……」
自分を責める光に千絵は優しく首を横に振る。
「気づいていたよ。光ちゃんが私を良しと思ってないことを。光ちゃんって態度が露骨に出るからね、私を見る度に睨んでたもの」
「…………ごめん」
「別にいいよ。昔はどうであれ、今は私と光ちゃんは親友なんだから」
千絵の優しさに光は涙が出そうだった。
昔であっても、本心を知れば少なからずの嫌悪を見せるはず。だが千絵からそれは感じられなかった。
光は胸を張って言えるだろう。自分の人生で最も親しき信頼できる友は、千絵であると。
「ありがとう、千絵ちゃん。私はこれからも千絵ちゃんの親友でいたい。だから…………千絵ちゃんは私に気にせずに、幸せを手に入れてよ。太陽の傍に居るのに相応しいのは千絵ちゃんなんだから」
光のその言葉に悪意は一切なかった。心からの親友に対する想いだ。
だが、今の言葉は確実に2人の空気を冷たくした。
「なにそれ…………」
千絵がボソリと呟いた。ヒシヒシ伝わる怒りの空気、千絵の表情に陰りが見えた。
「千絵ちゃん…………?」
光は訝し気に尋ねると、俯いていた千絵は顔をあげる。
だが、その表情に先ほどまでの優しは無かった。
「光ちゃん。太陽君の傍に居るのは私が相応しい? それ、本気で言ってるの?」
突然の千絵の怒気にたじろぐ光を他所に千絵は距離を縮め、光の腕を掴み自身に引き寄せた。
「光ちゃんは何も分かってない! 太陽君は誰よりも光ちゃんの事を想っていた! 男の子になる前の事は知らないけど、それでも私が出会った時には太陽君はずっと光ちゃんを見ていた! 幼馴染なのに分からないの!?」
「なんで…………そんな事言えるの。太陽が私の事を見ていたなんて……」
「…………私もずっと見ていたから、太陽君のことを。そして、太陽君の視線がいつも誰を見ていたのか……」
好きだからこそ気づいた想い人の気持ち。気づきたくなかった胸を引き裂くような思い。
千絵は今にも泣きだしそうな悲しい表情を浮かべる。
「分かってる……本当は、私も光ちゃんを責める資格はないって……。だけど、辛かった……。好きな人が自分じゃなくて、誰かを好きなんだって分かった時は! だから本気で奪おうと思った! だから親友の頼みを受けて尚、太陽君に告白したんだ!」
子供の頃の千絵は良くも悪くも素直な性格で物事をあまり考えてはいなかった。
感情の赴くままに、親友を裏切るを覚悟に好きな太陽に想いを告げた。しかし、
「けど私がしたのは結局、太陽君を苦しませるだけだった……。努力を、夢を奪って、それを乗り越えてやっと結ばれた愛さえも引き裂いた。こんな私が……太陽君に相応しいって、本気で思ってるの?」
自分は相応しくない、そう告げれ千絵だが、自分の言葉が苦しい様に歯噛みしている。
「私も光ちゃんと同じ事を考えた。私では太陽君に相応しくない。私の初恋は叶わないんだって、悔しいけどそう受け止めるしかなかった。だから私は、自分の初恋に終止符を打つ為に光ちゃんの恋を応援した。2人が結ばれれば、私のこの苦しみから解放されるって本気で思ってた……」
千絵は光の胸倉を離し、血が出んばかりに己の拳を強く握る。
「ねえ光ちゃん……。光ちゃんは
親友から告げられた言葉に光は言葉を失う。
当たり前だ。親友の優しさが紛い物なんだと言われれば。
「そうか……そうだったんだ。ハハッ……なんで早くに気づかなかったのかな……」
焦燥する光を他所に突然と笑いだす千絵。千絵は慄然してしまう様な笑みを浮かべ。
「私たちは互いを親友の気持ちを尊重していると言い訳をして、太陽君を振り回してしまった……。なら、簡単じゃん。ねえ……光ちゃん」
光の胸がざわつく。千絵が何を言おうとしているのか察してしまったからだ。
それ以上の言葉を言わせたくない。だが声が出ない、体が動かない。
まるで体がそれを受け入れようと覚悟を決めた様に。
千絵は自身の胸に手を当て、告げた。
「——————私たち、親友、止めよ」
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