光の本音
「あの時の日記……全部、見たんだね?」
「全部、ではないけど。千絵ちゃんの想いが書かれた部分は、ね……。正直、かなり驚いた。千絵ちゃん。いつも太陽に厳しかったり、私の相談にも乗ってくれたりしたから、別にどうとも思ってないと思ってた……。だけど、違った。千絵ちゃんは、ずっと苦しんでたんだって……知っちゃったの」
光と千絵は小学生からの親友であり幼馴染。
光は少し自惚れていた部分もある。
千絵の親友である自分は千絵のことを全部知っていると。
だけど、光は全然千絵のことを見えていなかった。
最も近い親友にも関わらず、親友の想いを、親友の辛さを、ずっと……。
「ねえ……光ちゃん。1つ確認するけど、光ちゃんは、私の気持ちを知って、太陽君と別れたりしたのかな……? 好きな人が出来たなんて、嘘を言って……」
光は痛い所を突かれたとばかりに口を噤む。
実際、現在の光は太陽以上の好きな相手はいない。今でも元カレである太陽に未練が強い。
これまでずっとそれを隠して来た。だが、千絵の追い込みに僅かながらに光の心の壁に綻びが出来た。
半分正解だった。だが、もう半分は違った。
「…………千絵ちゃん。私は千絵ちゃんが思うほど善人じゃないし、友達想いじゃないよ」
千絵はその回答に面を食らい、目を瞬かせると、光は半笑いをして。
「確かに、千絵ちゃんの想いに気づいて身を引いた、ってのも僅かに理由にあるかもしれない。だけど、そんなんじゃない……。私は、私の為に、太陽を振ったの……」
光は思い出す。
あの、太陽との最後のデートの日を。
中学時代に光は陸上の全国大会に優勝をして、そのご褒美として太陽に水族館に連れて来て貰った。
本来なら、楽しい日になっていただろう。
だけどその日の光は心は沈んでいた。
親友である千絵の太陽に対する想いを知り。
太陽が語った夢を聞いて、夢の中でも自分のことを想ってくれてるのだと喜んでいた出来事が、過去に本当に太陽が千絵と交わした約束なのだと知り、光は素直に楽しめなかった。
優勝した日から楽しみだった水族館の中も光は全く覚えてない。
恐らく、終始上の空だったのかもしれない。
覚えているのは、水族館内を全て観終わり、外に出た後のことだけだった。
光はたまらず聞いてしまったのだ。
『太陽は……私の事、好き…………なんだよね?』
突然の質問に太陽は顔を真っ赤にして恥ずかしがりながらも、
『あぁ、好きだぜ』
と答えてしまった。
その言葉を聞いて、いつもなら飛び跳ねるぐらいに嬉しいはずなのに、光の心のモヤモヤは晴れなかった。ズキズキと胸が痛かった。
『そ、それはさ……。昔、私と結婚の約束をしたから、なのかな?』
光は知りたかった。
太陽が自分を好きになった切っ掛けを、それよりも前に好きだったなら、光は疑わずに済んだかもしれない。だが、現実は非情だった。
『…………正直俺にも分からねえ。だけど、もしかしたらそうかもしれないな。今思い返すと、凄い恥ずかしいよな、こんな約束』
照れ隠しなのかは分からない。太陽の記憶が曖昧なのも日記で知った。
だから本人の口から言っているが、それが真実なのかは分からない。
しかし…………光の心を抉るのには十分だった。
(そうだったんだ……。太陽は、私の事、別に好きじゃない。昔、千絵ちゃんと約束したのを、相手を私と勘違いして、私を好きだって錯覚しているんだ。そうか、そうだったんだ……)
涙が込み上げて来るのを必死に我慢した。
これまで太陽の言葉を疑ったことはない。太陽が向けてくれる好意を疑った事もない。
しかし、光は太陽の好きだって言葉がいつの間にか信じられなくなっていた。
光にとって太陽は、自分を守ってくれる王子様で、これからもずっと一緒にいるのだと思っていた。
しかし、自分にとっての王子様は、誰かの王子様でもあったのだ。
頭の中を掻き混ぜられた様にグワングワンする脳を必死に堪え、光は笑顔を向けた。
『私も太陽の事、大好きだよ』
それは、いつも大人や面倒な学友などに向ける上辺だけの作り笑顔。
光はこの日から、最愛の相手に対して、本当の笑顔が浮かべられなくなったのだ。
「ねえ、千絵ちゃん……。千絵ちゃんの長く太陽を想っていた気持ちを自分自身で終止符を打った時の気持ちは私には分からない。だけどね……。千絵ちゃんにも私の気持ちは分からないよ」
光は苦しそうな表情であの時の、そして今の自分の気持ちを吐露する。
「大好きな相手を疑う事なんて……。これからも先、ずっと、太陽が私の事を本当に好きなのか、って疑う辛さを……。私には耐えられなかった……」
苦悩に歪む光の瞳からポタポタと涙が落ちる。
最愛の相手に向ける疑心。
言葉で言うのは簡単だ。だが、光の恋心は純真である。
出来れば、この先ずっと、相手の気持ちを疑わずに過ごせたなら幸せだっただろう。
否、光があの日記を見なければ、こんな気持ちにはならなかったのだろう。
だが、光は知ってしまった。そして疑ってしまった。太陽の気持ちを。
「もしかして……それで太陽君を振ったの……?」
「…………そうだよ。ずっと疑って付き合っていくぐらいなら。別れた方が互いの為だって思って……」
「なら! それを素直に話せば良かったじゃん! 光ちゃんが太陽君に言ったのは―――――」
「私だってあんな事、言うつもりはなかったよ!」
千絵の言葉を遮り光は声を荒げる。
初めてかもしれない。光が千絵に倉庫内に木霊する程の怒声をあげるのは。
「私だって言うつもりはなかった! 別れ話でも、今までの関係に戻ろうって伝えるつもりだった。私だって自覚しているよ! あんな事を言えばこれまでの関係が壊れるなんて! だけど、咄嗟に出てしまったの……」
光は後悔している。
光は太陽に別れ話を持っていった時に言った言葉は
『好きな人が出来たから、別れよ、私たち……』
だった。
言い訳でもあるし、光自身も弁明するつもりは一切ない。
だが、光も語る様に、光自身も本当はあの様な事を言うつもりはなかった。
事前に用意していた光の言葉は、
『恋人でもない。昔の様な互いに気楽に接せられる様な幼馴染の関係に戻ろう』
であった。
これも別れ話としてどうかとは思うが、現状の程までの関係崩壊はなかったのかもしれない。
しかし、実際に太陽を目の当たりにして、光は思ってしまった。
――――ここでもし、昔の様な関係に戻れたとしても、根本的な解決になるのだろうか。
ただ振り出しに戻るだけで、互いに前に進めるのだろうか。
幼馴染に戻って、前の様に仲の良い友達に戻り、もし仮に再び復縁しても、光は太陽を信じられるのだろうか。
分からない。
太陽を心の底から信じたいが、心の隅に微かに残る疑念。
光の中の全てを吐露して、太陽が約束した人物が自分ではなく、千絵であると話しても太陽は信じるだろうか。未だ経験した事のない葛藤に光の思考はあらぬ方向に向かってしまったのだ。
――――もういっそ、修復できない程に関係が壊れれば、この苦しみから抜け出せるのだろうか。
千絵の想い、約束の真実を知ってからの3ヵ月。光はずっと苦悩し続けた。
だから光は、解放されたかったのかもしれない。
大好きな人を疑う自分から。想い焦がれ成就した初恋から。
光は口を開いた瞬間。感謝の想いを心中に呟いた。
(ありがとう……一時でも嬉しい夢が見れて)
もし、あの卒業式の日の光の本心を言うなら、こうだったかもしれない。
『太陽は私とは別に、好きな人がいる。だから、その人の為に、別れよ……私たち』
その日から太陽と光の間には修復が出来ない程の大きな溝が出来た。
「私は……ただ逃げただけ……。太陽を信じる事の出来ない自分から……。これからずっと疑い続けないといけないいう現実から……。私は目を背けただけ」
「どうして……どうして私に相談してくれなかったの! そんなに苦しんでたなら、私にも一言相談してよ! 私たち、親友でしょ!?」
「……親友だからだよ」
光はこれまでに幾つも親友である千絵に相談を投げかけた事があった。
だが、この苦しみだけは光は千絵に相談してはいけないと思った。
「もし、悩みの種が千絵ちゃんじゃなかったら、相談してたと思う……。だってそうでしょ? 太陽の言った約束の相手が千絵ちゃんだって知って、太陽を信用出来なくなった、なんて……。千絵ちゃんに言えばなんて言えるわけがないよ……」
光は瞑目すると、これまでに胸の内に溜まった鬱憤に近い感情が沸き立つ。
光はこの感情を覚えている。それは中学最後の卒業式の日のこと。
言うつもりはなかった言葉だが、言わずにはおけなかった。
後に沢山後悔するだろう。
関係が壊れ、昔の様に笑い合えなくなるだろう。
それでも光は言うしかなかった。
ずっと溜め込んでいた本心を……親友の千絵に向けて。
「千絵ちゃん、私ね……。ずっと、千絵ちゃんのこと、憎んでたのかもしれないんだ……」
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