日記

 千絵の真っすぐな瞳と言葉に光は度肝を抜かれる。

 ほんの数秒間。千絵の言った言葉の意味が理解出来ないでいた。

 だが、冷静に呼吸して言葉を整えると、自然にふっと笑い。


「なにを言い出すかと思えば、またそのこと? 前にも言った通り、太陽……ううん。古坂君のことはどうも思ってない。強いて言うなら、昔仲良かった友達かな」


 表情では平然と言う光だが、自分の身体だから気づいている。

 一言一言口にする度に心臓が跳ね上がる。千絵に気づかれない様に汗が滲む手を後ろに下げた。

 光の挙動に気づているかは定かではないが、疑心な目をする千絵は光に尋ねた。


「ほんとうに?」


「だから、本当だって。千絵ちゃんは本当にしつこいな。私と太陽は確かに中学時代は恋人同士だった。だけどね。私の太陽に向けていた感情は友達の延長線で恋愛感情じゃなかった。タダの勘違いだって気づいたから、私は別れを切り出した。それに—————もう私には好きな人がいるから。今更元カレのことはどうでもいいよ」


 心臓の鼓動、手汗の滲みようは光は気付いている。

 だが、光はある事に気づいていない。


「私は光ちゃんとは幼馴染で、光ちゃんのことは昔から知っているつもりだよ。だけど、幼馴染であって人の恋愛に口出しできる権利は無い。けどね……どうして光ちゃんはそんな辛そうな表情をしているの?」


 光が気づいていないもの、それは表情。

 自分の表情は鏡が無い限り気づかないもの。

 今の光の表情は辛く強張っていた。光は咄嗟に自分の顔を手で隠す。

 そして困惑する。


「(どうして!? 前までは普通に隠してこれたのに。なんで浮き彫りになるほどに私は動揺しているの……。もしかして、最近太陽と関わって来たから……)」


 光は自己評価であるが演技は得意だと思っている。

 心に無い言葉でも本当と思わせる程の演技力ポーカーフェイス

 だが、最近太陽と関わってた所為で昔の感情が再熱しかかっているのか、顔が熱い、そして……胸が引裂けそうになるほどに苦しい。


「……それは、まあ、古坂君とは一応は昔馴染みだから、こんな陰口を言うみたいで嫌な気持ちになっただけだから」


 光がはぐらかす様に言うと、千絵はギュッと制服を握り一旦目を閉じた。

 そして目が開かれると、千絵は光と向き合い。


「……そう。それが光ちゃんの本心かどうかはこの際いいよ。言葉なんて本心がどうであれ簡単に騙す事が出来るから。けどね。1つだけ、私から光ちゃんに伝えたい事があるんだ」


「…………なに?」


 光は身構える様に返すと、千絵は決心した様な柔らかい笑みを浮かべ。


「私……太陽君のことが好きだった。ずっと前から」


 千絵の告白に光は目を大きくみはる。

 言葉が出なかった。動揺で瞳も揺れる。

 だが、このタイミングで言った事に驚いたが、光は気付いていた。

 何も言い返せないでいると、千絵は自身の手の平を眺め、そして更なる決心した様に拳を握る。


「光ちゃんにはどうしても話しておかないといけない事があるの。……光ちゃんには凄く悪いと思っている。けど、昔太陽君と結婚の約束をしたのは——————私なんだ、光ちゃん」


 千絵はまるで宣戦布告の様な強気な顔で光と向き合い言った。千絵の気持ちを。

 結婚の約束。それはいつの頃からか、太陽が口にした約束。

 太陽は何故か、その約束をしたのが光だと思っている。だが、光は気付いている。

 その約束の相手が自分ではないことを……そして。


「…………知ってたよ。千絵ちゃんの気持ちを、そして……約束の相手が千絵ちゃんだって」


「……え?」


 予想外の返しか今度は千絵が言葉を失った。

 光は気まずそうに後ろ髪を掻き。


「千絵ちゃんの気持ち、ずっと知ってた。てか、当時の私は恋は盲目と言うか、周りを気に出来る余裕がなかったから気づかなかったけど、よくよく考えたら、千絵ちゃん分かり易過ぎだよ。気づいてないのは、太陽ぐらいじゃないかな?」


 千絵は言われ頬を紅潮させて、熱くなった頬を手で隠す。

 伊達に幼馴染を何年も過ごしていない。相手の心情は気付くもの。同性なら尚のこと。

 だが、光が言った通り、中学時代の光は気付いていなかった。知ったのはあの日だ。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私ってそんな分かり易いかな!? 前に新田君にも……って、そんな事はどうでもよくて! 約束の相手が私だって知ってたって……どういう」


 千絵の声は徐々に弱くなり、光は無言となるが、千絵は体を震わし言う。


「だって光ちゃん。昔、太陽君が約束の話をした時、私に言ったじゃん! 『太陽が夢の中でも私のことを想ってくれて嬉しい』って……約束は夢の中の話って思ってたんじゃ……」


 そう。当時の光は太陽が口にしていた約束の話は妄言だと思っていた。

 夢で交わした約束。夢であるなら光が知るはずがない。

 だが、夢を見るという事はそれだけ相手のことを想っているのだと思い、光は嬉しかった。

 だが、その喜びがぬか喜びだと気づかされたのだ。


「千絵ちゃん。大事なことが書いてある物は人目に付かない場所に置いてた方がいいよ」


「何を言って…………もしかして、あの時!?」


 千絵は思い出したようだ。光がその約束を知る可能性がある日を。その日から光の様子が変わっていったことを。

 それは、中学最後の大晦日。

 

 当時彼氏だった太陽が祖父母の家に泊まる為に地元におらず、光は幼馴染の千絵に誘われて、千絵の家で年越しをする事になり、千絵の部屋で細やかなお祝いをしていた。

 あの時千絵は、年越しそばを取りに20分程度、部屋を空けた時間がある。


「もしかして……あの時、あれを見たの……?」


 千絵の尋ねに光は弱く頷く。

 千絵は怒りを堪える為か歯を強く喰いしばる。

 千絵が怒るのも無理はない。光が見たのは、千絵が幼少から付けている日記帳。

 

「言い訳をするなら、デリカシー無くわざと見たわけじゃないよ。あの時、千絵ちゃんを待っている間に持って来てた宿題を進めようと思ったんだけど、数学で分からない所があって、ズルいと思ったけど、千絵ちゃんの宿題を少し写させて貰おうと思ったの。千絵ちゃん真面目だから、早い段階で宿題が終わっていると思って」


『千絵ちゃんって案外頑固だから、宿題はあまり見せてくれないんだよな。卑怯だけど、ちょっと宿題を拝見……って、どこにあるかな宿題。机の棚かな?」


「宿題を探す私だけど、全然見当たらなくて、適当にノートを見たんだけど……偶然だった。一番最初に手に取ったのが、千絵ちゃんの日記だった」


『これかな……って、これって日記? そう言えば、一日も欠かさずに日記書いてるって言ってたっけ? 千絵ちゃんはマメだな…………ってこの内容は」


「正直見るつもりもなく閉じようと思った。目についた内容から逸らす事が出来ずに、失礼だって分かってたけど読まずにはいられなかった」


『今日、太陽君が光ちゃんに想いを伝えると言って来た。

 昨日までは告白する気も無く、ずっと仲の良い幼馴染でいたいって言ってたのに、どんな気の変わり様か驚いたよ。そして、内心焦燥に駆られそうになった。

 いつか来るとは思ってた。覚悟はしていた。けど、いざ目の前で言われると辛いんだな。

 これは私の罰なんだと思って2人の恋を応援しよう』


『太陽君に女心を教える事から始めた。

 太陽君は本当にデリカシーがないというか。

 小学生の頃は強引でもちょっとは女心が分かっていたのに時間の流れは残酷だ。

 まあ、だからと言って少女漫画を勧める私もどうかと思うけど』


『最近全然眠れない。

 勉強を沢山して脳は疲れているはずなのに、眠れない。

 寝ようと思っても思い浮かぶのは太陽君のこと。

 太陽君と光ちゃん。2人の恋の応援をしようと決心した。けど、吹っ切れないでいる。

 親友の幸せを願う気持ちに嘘は無い。幸せになってくれるなら私も自分のことの様に嬉しい。

 けど、光ちゃんの幸せの立ち位置が私ならって考えてしまう。私は最低な女だ』


『先日から、太陽君の光ちゃんへの告白の予行練習をしている。

 本番になって噛まない様に、本気の想いを伝えられる様に厳しく指導。

 当たり前か、言葉は噛み噛みだし、照れてか目を逸らす、及第点をあげられるには程遠い。

 ……けど、必死な想いを伝えようしている気持ちは伝わる。そこは褒めるべき点だ。

 この日記は私しか見ないから本音を書くけど、予行練習なんて建前だ。

 実際は、少しだけ太陽君の好きって言葉を独占しようと思った。

 分かっている。太陽君が口にする好きは私に向けられていない。

 目の前の私じゃなくて、太陽君の想い人でもある光ちゃんに向けられている事は分かっている。

 それでもいいと思っている。練習相手でも目の前で好きだって言われることが嬉しい。

 けど、やっぱり羨ましい。練習じゃない、本当の気持ちで好きだって言われる光ちゃんが。

 ごめんね光ちゃん。いつかこの本気の好きは光ちゃんに向けられる。

 だけど、今だけ……太陽君の好きを独り占めさせて』

 

『今日、太陽君が光ちゃんに告白した。

 結果は言わずもがな、太陽君の恋は成就した。そして光ちゃんの恋も。

 私は二人から恋愛相談を受けていたから、両想いだってのは知っていた。

 そして、太陽君と光ちゃんは結ばれた。そして、私の初恋も今日で終わる。

 私は、ずっと太陽君のことが好きだった。小学生の時、引っ込み思案で誰とも馴染めなかった私を強引に誘ってくれて、皆の輪に入れてくれた。大切に思える友達もできた。

 今の私がいるのは、太陽君のおかげ。太陽君がいなかったらって考えるとゾッとする。

 だから私は、太陽君が幸せな顔を見れるのが嬉しい。相手が私じゃなくても。

 けど本当は、昔の約束が果たせればいいなと思っていた。だけど、あの約束が叶う事はない。

 太陽君はあの事故が原因で、約束の相手を光ちゃんだと誤解している。

 今の私に太陽君の記憶を戻す術はない。色々と調べたけど方法は全然なかった。

 太陽君が喜ぶ顔が見れて嬉しいはずなのに、どうしてこんな胸が締め付けられるのだろう。

 私の罰だって分かっている。友達を出し抜こうと告白をして、自分の不注意で想い人の夢を奪った。

 そんな私が幸せになってはいけない。そんな私が、太陽君と結ばれてはいけない。

 覚悟はしていたはずなのに、やっぱり……辛い。今でも太陽君のことが好きなのに。

 けど、これで良かったんだ。太陽君と光ちゃんはずっと互いを想っていた。私から見て、二人はお似合いだと自信を持って言える。

 負け犬の私に出来る二人へのお願いは、

 私が後悔するのも馬鹿々々しくなるぐらい幸せになってほしい。私では無理だと思えるぐらいに幸せになってほしい。私が心から二人を祝福できるぐらい幸せになってほしい。

 あの約束が果たせなくても、それなら私は吹っ切れるかもしれない。

 けど…………暫くは失恋の傷が残りそうだ。直ぐに忘れられるなら苦労はないけど、二人の幸せそうな様子を近くで観ないといけないってどんな拷問なのかな……。

 あぁ……早く、初恋の傷が無くなりますように……お願い、神様』


 

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