千絵と太陽の出逢い

 昔の私は太陽君も覚えてる通り、地味で根暗でコミュ力も無い、1人教室の隅で寂しく本を読む様なボッチだったよね。

 誰とも遊ばず、いや……本当は遊びたかった。けど、どうすれば皆の輪に入れるのか分からなかった。

 1人でいる事を望んだ訳じゃない。一緒に遊んで、一緒に思い出を作って、大人になったらあの時は楽しかったって笑い合える様な友達が欲しい。私はずっと暗い殻に閉じこもりながら思っていた。


 そんな暗く閉ざしていた私に明りを灯してくれたのは、君だよ、太陽君。


「おいお前。いつも本ばかり読んでるけど。それよりも俺達と遊ばないか?」


「……………え?」


 声を掛けられるとは思わなかった。

 人と話すなんて家族以外ではクラス内の連絡事項の時ぐらいだったから。

 最初の頃は何度か遊びに誘われたりもしたけど、躊躇ってる内にいつの間にか避けられるようになっていて、誰も私に声をかけなくなっていた。

 そんな私に久しぶりに声を掛けて来たのは、太陽君だった。


「おーい、聞こえてますかー。あ・そ・ぼうって言ってるんだが」


「えっと……あの、えっと…………」


 人と話すのが苦手な私は怖くなって本に顔を埋めて顔を逸らしたけど、太陽君は諦めなかった。

 私から本を取り上げると、真正面から向き合って私と対峙して来た。

 知ってる? コミュ障の人が人と話すのは苦難なんだよ? あの時の私は本当に怖かった。

 え? イジメかな……って不安にも思った。


「高見沢だよな。いつも1人で本ばっかり読んでるけど、誰かと遊ばないのか?」


「えっと……ね、あの……んん……」


 嫌われると思った。こんなロクに会話も出来ない人なんて嫌いになるはずだ。

 けど、


「ゆっくり話して大丈夫だからな。俺は待つ。お前が話してくれるまで」


 漬物石みたいにどっしりと目の前で構えられて驚いたな。

 けど、言葉が出ずにいた私を、言った通りに太陽君は待ってくれた。


「えっと……古坂君……だよね?」


「おっ、俺の名前を知ってくれてたんだな」


「それは………そうだよ。同じクラスなんだから……」


「それもそうだな。お前は高見沢だったよな? 同じクラスなのに話すのは初めてだな」


 話すのは初めてだけど、私は知っていた。

 古坂君。同じクラスの男子で、今ではなりを潜めてるけど、昔の太陽君はクラスの中心人物で、良く言えば血気盛んで、悪く言えば悪戯っ子の悪ガキだった。だからよく先生に怒られたりしていたね。

 そんなクラスの中心人物の太陽君が話かけるなんて本当に思わなかった。


「ね、ねぇ……こ、古坂君……。さっき遊ぼって言ってくれたけど……なんで私なの……?」


「なんでって。お前と遊びたいと思ったからだけど?」


 疑問を疑問符で返されて焦ったよ。

 まるで、何当たり前の事聞いているんだって言われたみたいで。

 正直嬉しかった。根暗で人と話すのも苦手な私とこんな正面で話してくれたのだから。

 担任の先生も眉根を寄せてあまり話したがらないのにね。


「私と遊んでも……楽しくないよ?」


「あ? なんでそんな事言うんだ?」


「だって……私は人と話すのも苦手で……いつも変な顔される……。私と一緒にいてもつまらないって、前に言われた事あるから」


 子供の言葉は時に刃よりも鋭いよね。

 相手にとってはその程度って思っていたかもしれないけど、私と関わった同じクラスの人にそう言われてから、私はもっと人と接するのが怖くなった。


「つまらないかなんてお前が言ってもどうでもいい。そんなの後で俺が決める事だ」


 それなのに、太陽君はそんな私に躊躇いも無く歩み寄ってくれた。


「いつもお前は教室で寂しそうに本を読んでいる。けど、お前はいつもこちらをチラチラ見てただろ?」


「—————————!?」


 バレてたと私は顔を真っ赤にして顔を逸らした。

 だって、いつも皆で遊んでいる太陽君たちが羨ましかったから。

 ただ遠くから見ていた私のことを太陽君は気付いていたんだ。


「ほら行くぞ高見沢。昼休みが無くなっちまうから」


 強硬手段に出た太陽君は私を無理やりと外に連れ出そうとして来た。

 困惑する私は途中まで抵抗もせずに連れ出されたけど、やっぱり怖くなって、君の手を払ったんだよね。


「やっぱり……無理だよ」


「無理とか遊ぶ前から決めるなよ」


「無理だよ!」


 正直、あの時の私は自分でも吃驚するぐらいに大きな声が出たなって驚いた。自分もこんな声出るんだって。

 そして私は喜悦や不安等の色々な感情が混ざって涙を流した。


「本当は凄く嬉しい……こんな私を誘ってくれて……本当は私も遊びたい……けど、無理だよ」


「だから、なんで無理だって思うんだよ」


「だって……私は今まで友達と遊んだ事がなかったから……どんな風に混ざればいいのか分からない……。どんな風に思われるのかも怖い……お前と遊んでもつまらないって言われるのが怖い……」


 人の性格が簡単に変わる事はない。ずっと孤独に過ごして来た私が直ぐに変われるわけがない。

 怖かった。まだ話した事のない人に自分がどう思われるのか。

 怖かった。こんなに優しくしてくれた太陽君にもつまらないって言われるのでは、って。

 けど、君はそんな私に優しく手を差し伸べてくれた。


「なら約束する。俺は絶対にお前をつまらないって言わない!」


「………………え?」


 私は唖然となり口を開くけど、言葉が出なくて、だけど、太陽君は続いて言った。


「お前に友達がいないなら、俺が最初の友達になってやる。もし、お前をつまらないとか悪口を言ったら、友達としてお前を助けてやる! だから—————俺を頼れ、高見沢!」


 本当に眩しかった。

 この時は太陽君の下の名前は知らなかったけど、私には本物の太陽に思えた。

 涙を流し不安だった私の心を浄化して、自然と君の前で笑顔を浮かべる事が出来た。


「うん……うん! ありがと、古坂君!」


「ニシシッ。なら行こうぜ」


 そう言って君はまた私の手を掴んでくれた。私が逃げない様に、強く握ってくれた。

 

「そう言えばお前、名前なんて言うんだ?」


「え…………。た、高見沢……」


「違う違う。下の名前。俺、上の名前は知ってるけど、下の方は知らないんだよな」


 上の名前ってのは多分苗字、姓のことだろう。そして下の名前って事は名だと思う。

 私は教えるのを躊躇った。だって、この頃の私は自分の名前が嫌いだったから。

 千絵。名前はお母さんが命名してくれたらしいけど、この名前には『沢山の思い出、千の絵を作って欲しい』という意味が込められている。

 だけどこの漢字の読みは『ちえ』。全国のちえさんに失礼だけど、どこか昔の人っぽくて嫌だった。

 実際に伯母の優香おばさんも年寄りってぽいって反対したみたいだけど。

 とにかく、私はこの名前が嫌いだった。


「ち……千絵」

 

 だからって答えないわけにはいかずに笑われる覚悟で教えた。


「千絵……千絵か」


 笑われる。おばあちゃんみたいな名前だって笑われる、そう不安だった私だけど。


「良い名前じゃねえか。千絵……千絵な。うし、宜しくな、千絵」


 笑われるかと思ったけど、まさかの反応に面を喰らった。

 今まで私の名前を教えた子は全員「それ、私のおばあちゃんと同じ名前だ」「なんかおばあちゃんみたいな名前だね」とか言われて笑われたけど、良い名前なんて初めていわれた。


「えっと……可笑しくないの?」


「可笑しいってなにが?」


「私の名前……ちえっておばあちゃんぽいから……」


「んん……そう言われても、あまり名前とか気にした事がないからな……。てか、それを言ったら俺はどうなんだよ?」


 太陽君はそう言って自分に親指をさして。


「太陽。それが俺の名前だ」


「太………陽?」


 私は思わず空に浮かぶ天体の太陽を見上げた。

 その反応に、ほら!って太陽君は私に指を差して。


「空に浮かぶ太陽あれ太陽おれ、めちゃくちゃ分かりづらいって言うか。この名前のせいで色々とからかわれたりするんだからな! 名前負け………してるって!」


 最後の言葉は多分、あまり意味を分かってないのかもしれないけど、馬鹿にされているってのは分かったんだと思う。

 確かに、皆を照らしてくれて、無くてはならないおひさまの太陽と太陽君じぶんとではどこか劣等感を抱いても仕方ないか。けど……私はその名前が良いと思った。

 だって太陽君は本当に私にとってはおひさまみたいな存在なのだから。


「だから千絵。もし誰かがお前の名前を馬鹿にした時は俺に言え。そいつをぶん殴ってやるから」


 歯を見せ笑う太陽君に釣られて私も吹き出してしまう。本当に初めてだった。

 家族以外の前で笑うのなんて。本当に涙が出てしまう程に嬉しかった。


「よし千絵! 早く行かねえと休み時間が無くなっちまう!」


「う、うん!」


 太陽君は私の手を引いて走り出す。歩幅が合わずに転びそうになるけど、私は必死で付いて行った。

 分からないけど、直感でこう思った。

 太陽君といれば、私は嫌いな自分を変えられるかもしれない、って。


「千絵」


「ん……? どうしたの?」


「いや、悪い。ちょっと呼んでみたかっただけだ。千絵。千絵か。ハハッ、本当に良い名前だ。俺、お前の名前好きだぜ。良い友達になれそうだ、お前とは」


 ドキッと私は胸が鳴った。顔も熱くなり口も魚の様に開閉した。

 多分、太陽君は何気なしに言ったのだろう。それに好きだと言ったのはあくまで名前の方だ。

 それでも私は胸が高まった。ドキドキした。今まで暗かった世界がキラキラと輝いていた。

 私は嫌いだった自分の名前を初めて好きになれたかもしれない。

 そしてこの時、私の心の初恋という芽が小さく咲こうとしていた。

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