選抜テスト

 体育祭の練習、文化祭の準備、中間テストと目まぐるしい日々が過ぎ早1ヵ月が経過。


 土曜の正午を過ぎた頃。

 太陽は別に大会がある訳でもなく賑わう地元の競技場に足を運んでいた。

 

「流石、一応は強豪校としてある陸上部。レギュラー選抜って事で観客が多いんだな……」


 そう。今日は待ちに待った陸上部のレギュラー選抜のテストの日。

 各々が日々の努力の成果を発揮して、数少ないレギュラーの座を奪い取る。

 御影に聞いた話だと、それぞれの種目の記録の上位3名がレギュラーとして大会に出場できる権利が貰える。

 太陽はあまり陸上の知識はないが、正直に言って陸上部はレギュラーという概念は無いと思われる。

 選手が好きな種目を選び、その予選に参加をして、予選を勝ち上がり本戦へと向かう。

 だが、鹿原高校は選手の競争心と向上心を煽るためにわざと上位3名という狭き門を作り、こうやってテストを行うとか。


 言うなれば、今日が予選の予選と言っても過言ではない。

 下手をすれば、我が子がこのテストに落ちて大会に出られない可能性もある。だから、親は我が子の成長を観る為に大会で無いにも関わらずに競技場に足を運んでいるのだろう。


「はぁ……だけど、なんで親でも家族でもない俺が、わざわざこんな所に来ないといけないだか……」


 太陽は憂鬱にため息を吐く。

 今日は土曜で学校は休日。なら、部活に無所属の太陽にとっては怠惰に休める日。

 なのに、別に兄弟が陸上部でもないのに、太陽が陸上部のレギュラー選抜に来たのは、予想が出来るかもしれないが御影からの誘いである。


 それは昨晩のこと。

 太陽が最近購入した漫画をベットに転がりながらに読んでいる時、突然と御影から通話が入り。


『あっ、太陽さん! こんばんはです! 明日、いよいよ選抜テストがあります! 他の方々はご両親や友人が応援に来るらしいので、是非、太陽さんも私の応援にしに来てください! 後、お金もご用意を。え? なんでお金が必要ですかって? それは、勿論私へのご褒美を要求する為です。私がレギュラーを獲った暁には太陽さんに何かしらを奢って貰いたいのです。あっ、別に食事とかの制限はありません。太陽さんのお気持ちが籠っている物ならなんでも。もし来なかったら、私、毎晩恨みメールを送りますのでご了承を。では、明日楽しみにしてます!』


 と、会話が成立している様にも思えるが、上記の会話は殆ど御影の一方的な会話であり、太陽は了承は一切していない。増々御影の太陽に対する失礼が増している様にも思えるが今更考えるだけ無駄である。

 御影の毎晩の恨みメールな脅迫に負け、「まあ、陸上部のテストにも興味があったから別にいいか』と諦め半分の建前を抱えて競技場に足を運んだ太陽が観客席に向かうと。


「あ、太陽君! 太陽君も来たんだね、やっぱり」


 聞き覚えのある声に呼ばれて太陽は声が聞こえた前方の席に視線を向ける。

 太陽は渋い顔をして階段通路を降りて前方の席へと近づき。


「お前も来てたんだな、千絵」


「えへへへ。こんにちは太陽君」


 太陽よりも早くに観客席に座っていたのは幼馴染の千絵。

 千絵は1人で来たのか左右の席は空いていて、他の席が知り合い同士のグループで座られているからなし崩しに太陽は千絵の隣に腰を下ろす。

 

「てかお前、先刻やっぱりって言ってたけど、なにがやっぱりなんだよ」


「まあ、私たちは最近、色々と陸上部と関わりがあったからね、合宿とか。だからもしかしたら~と思って。あ、近くのハンバーガー屋さんでハンバーガー買ったけど食べる?」


「お昼まだだったし頂くかな。って、お前どんだけ買ってるんだよ……。もし仮に、俺が来るのを予想しての御裾分けを考慮して多く買ったとなれば、俺が来なかったらこれどうしてたんだよ……」


 千絵が抱える紙袋の中はパンパンでハンバーガーは10個は入っている。

 太陽にお裾分けを考慮しても多い数で、太陽が来なかった場合はどうしていたのかを尋ねると、千絵は至って真面目な顔で。


「その時は私が全部食べるだけ。流石に全部は無理だから夜食とかで食べるけど。文句言うならあげないよ?」


「貰う貰う。ありがたく貰うから拗ねるなよ」


 頬を膨らまして子供の様に拗ねる千絵を宥めてハンバーガーを頂戴する太陽。

 勿論タダではなく、ハンバーガー1つに付き100円を徴収する千絵。

 太陽は千絵に200円払いハンバーガーを2つ貰うと、頬張りながらに千絵と会話を始める。


「てか千絵。お前、自分が陸上部と関わりがあって思い入れがあるから応援しに来たみたいな感じで言ってたけど……実際はそうじゃないだろ?」


 太陽は千絵の嘘を見抜き単刀直入に言うと、千絵は苦笑いを零し。


「頑張る陸上部の人を応援したい気持ちは嘘じゃないんだけどな……。まあ、私の目的が他にもあるってのは否めないけどね」


 目を細めてウォームアップをする選手たちを眺める千絵。

 そんな千絵に太陽はただ一言尋ねた。


「……やっぱりお前も、知ってたんだな」


 言葉の本質は無くともその質問に意味を察した千絵は静かに頷き。


「太陽君も……知ってたんだね」


 質問への肯定、そして質問を返され、太陽も頷き。

 その後は気まずくなってか無言となる2人を他所に時間だけが過ぎて行き。

 陸上部のレギュラー選抜のテストが開始される。


 選手たちの緊張と気魄が競技場を包み、訪れた観客たちもそれに負けじと声援を飛ばす。

 最初は短距離走からテストが始まる。序盤にも関わらずに競技場は熱狂。

 選手たちは同校同士にも関わらず互いにライバルと思い、切磋琢磨にその足を前に進める。

 

 短距離走に出場した選手たちの中には勿論上位に入れずに敗退した者もいる。

 だが、敗退した選手たちは下を向かずに次へと切り替えていた。

 理由は、選手が参加する種目は1つではないから。

 選手は幾つかの種目を選び複数の種目を掛持ちする事もある。勿論、1つの種目に絞り、その種目を極めようとする選手もいるが、大会出場の好機を狙うなら複数の種目に参加する方が可能性がある。

 だから、短距離で大会に出場する権利が得られなかった者も、次の種目に気持ちと体を切り替えないといけない。

 

 短距離走が終わり、選手たちに与えられたプログラム通りであるなら、次は中距離走。

 高校の中距離走は800m、1500m、つまり……この種目が彼女が出場する種目になる。

 

「……なあ千絵。あいつは本当に参加でるつもりなのか?」


「本人はそう意気込んでたけどね。けど、最近は私も忙しかったから、1週間は連絡してないな。太陽君こそ、家が隣なんだから家を出た所とか見てないの?」


「そんな事一々気にするかよ、ストーカーか。それに、俺はあいつが出ようが出まいがどっちでもいいしな」


 言葉とは裏腹に太陽の本心は嘘であった。

 出ようが出まいながどうでもいい。もし2つのどちらかと言われれば正直な話、出て欲しくない。

 光は去年の内に高校では陸上を諦めろと医者に宣告された身。奇跡的にリハビリが成功して陸上を再開できたとしても、現段階では病み上がりだ。いきなり強豪校のレギュラー選抜に参加すれば怪我が再発するかもしれない。

 昔、光は陸上の練習試合で足の裏の血豆を潰し、激痛で走れない状況でも光は走ろうとした。

 だから……太陽は薄々勘付いている。

 

「(あいつが一度決めた事を投げ出す様な奴じゃない……恐らく、あいつは来る)」


 太陽の胸をざわつかせる予感とは別に中距離走の800m組が終了。

 残りの1500mが始まろうとしていた。

 800mを走り終えた選手たちが退場すると次の1500mの選手たちが入場。

 その際に競技場は少ないにも関わらずに轟く程の歓声が上がる。

 その沸き立つ歓声の原因となった人物が—————


「おぉおお! 晴峰! お前には期待しているぞ学校の期待の星!」


「頑張って! 貴方の走りを私たちに見せてッ!」


 世界大会にも出場した天才陸上選手の母の血を引く娘。

 幼少期からの英才教育を受け、小、中で全国大会で栄えある成績を残し、去年の全国大会にも出場した、今年鹿原高校に転校して来た期待の星、晴峰御影。

 全員が彼女に期待をしている。自分たちの学校の名を全国に轟かしてくれるのでは、と。

 多分、今日ここに訪れた殆どの者は彼女の走りを観に来たのではないだろうか。

 天才と呼ばれる選手の走りを一目みようと。


「…………光ちゃん、いないね」


 全員が御影に視線が集まる中、千絵がボソリと呟く。

 太陽も御影に意識が行っていて気づかなかったが、1500mに参加する選手を見渡せば、確かに光の姿が何処にもなかった。

 

「怪我……悪化しちゃったのかな……?」


 不安な表情を浮かべる千絵だが、太陽は内心安堵した。

 無理して出なくてもいい。ここで無理をして怪我が悪化すれば誰の為にもならない。

 太陽がそう思っていた時だった—————会場が御影とは別に騒めく。


「お、おい……あいつって……」

 

 観客の1人が指を差した方に全員の視線が向けられる。

 先ほど1500mの選手たちが入場して来た入り口から1人の選手が遅れて現れる。


「すみません。整体院に行って遅れました」


 陸上用のスポーツウェアを身に纏い現れたのは、太陽、千絵以外は知らなかった。誰もが予想だにしていなかったあの人物。

 

「渡口光、1500mに参加します」

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