休部

「越智先輩、原田先輩、朝木さん、申し訳ございません! 私、これから暫く練習の方に参加できません!」


 楽器、機材が置かれる練習用スタジオに光の謝罪の言葉が響く。

 晴れ舞台でもある文化祭に向けての合わせての練習が終わり、光は軽音部の面々を呼び止めて深々と頭を下げた。

 

 光が謝罪する理由は1つ。

 今までは1週間に2度程、街にあるスタジオを借りてリハーサルを行って来たが、光は今後2か月はそれに参加が出来ないということ。


「いきなり畏まって謝られたから驚いたけど、理由は?」


 軽音部部長の越智が光に参加できない理由を尋ねる。

 光は緊張か渇いた喉で唾を呑みこんで言う。


「私……先輩たちに隠して来ましたが、本当は陸上を諦めきれてませんでした。裏では今年の陸上の大会に出る為に練習して、次の校内のレギュラー選抜に出る為に……」


「レギュラー選抜って、あれだよね。それぞれの種目でタイムが良い選手のみが大会に出られるってやつ……渡口、お前はそれに参加するのか?」

 

 強豪の陸上事情は噂程度で部外者の生徒にも知れ渡っている。

 それがどれだけ困難な事かまでは分からないが、それに光が参加したいという意思を聞いて越智は驚いた顔をして聞き返す。光はそれに頷き。


「はい……。先輩たちや朝木さんに迷惑をかけてしまいますが……やはり私は陸上が諦められません。勿論、文化祭での演奏は参加します。陸上の大会は夏休みの間に開催して、少なくとも文化祭まで3週間以上は猶予がありますので、それまでには完璧に演奏できる様に頑張ります! ですから、お願いします! 私の我儘を了承―――――――!」


「うん、別にいいぞ」


「してください……って、良いんですか!?」


 あまりのあっさりとして即答に驚愕する光。

 なんで光が驚いているんだ?と越智は首を傾げ。


「おいおい、お前は何そんなに驚いているんだ?」


「い、いや……なんだかかなりあっさりとOKされて驚いたと言いますか……私、そんな我儘が通用するかって怒られるかと……」


「お前な……なら、お前は私が駄目!って不許可すれば諦めるのか? 諦めないだろ? なら、そんな面倒な事言わずにヤッター!って嬉しさを体で表現しろよ。ばんざーいって」


 そんな恥ずかしい真似ができるかと顔を赤めらす光に越智は置いてある椅子に深々座り語る。


「まあ、大体の予感はしていたさ。お前がまだ陸上を諦めてないんだって。たまにリハ終わりに並んで帰っている時に、どこかの学校の陸上部が練習しているのを物寂しそうに眺めていたりしていたからな」


「そ、そうなんですか……?」


 光はもう1人の先輩の原田と同級生の朝木の方に視線を持っていくと、2人は越智の言葉に肯定して頷いていた。光は無意識だったのか恥ずかしく顔が熱くなる。


「だから別にお前が陸上部に復帰したいって言われても驚かないよ。まあ、正面から堂々と言われて少し面食らったりはしたが……それでも、お前は言ったよな? 文化祭の演奏には参加するって」


 はい、言いました。と光は首肯すると越智はニシッと歯を見せ笑い。


「なら別にいい。その言葉だけあれば、別に1か月ちょい練習に参加できないってのは全然構わない。お前は影で練習してくれてるのか、始めて3か月ぐらいなのにメキメキと上達してるし。多分、有言実行と文化祭までには間に合うだろう。だから、頑張ってこい」


 越智にエールを送られ光は感涙しかける。

 だが、それをグッと堪えてもう一度深々と頭を下げ。


「ありがとうごさいます、越智部長!」


 うんうん、と頷く越智は確認で原田と朝木の方に顔を向け。


「お前らも別にいいだろ?」


「私は構いません」


 と朝木は越智の意見に賛同。

 だが、原田は不安要素を1つ挙げる。


「別に私も構わないけど……いいのかな? 渡口さん、その選抜テストに参加するって言っても、それは貴方の意思とかでどうにかなる問題? 部活の顧問の人にはしっかり了承は取れてるの?」


 選抜テストに参加するってのは言葉にするのは簡単だ。

 だが、この選抜テストはあくまで陸上部のもの。現在の光は陸上部に籍は置いていない。

 部外者の光が、ましてや一度怪我をして退部した光がそれに参加できるのか、原田はそれが疑問だった。

 光はその疑問はごもっともだと原田に答える。


「はい。前のGWでの陸上部の合宿の時に、顧問の八百先生に許可は貰っています。……まあ、色々と条件は出されましたが……」


 光は裏で陸上部の特権を握る顧問に交渉はしていた。

 そして、相手は渋色を浮かばしたが、幾つかの条件を付けてそれを了承したようだ。


「そう……それなら別にいいけど。貴方は怪我をしての病み上がりなんだから、無茶はしないでよ」


「はい。出来ることなら私も無茶はしたくありません。……ですが、少々無茶しないとどうしようもない人がいますので、一概にそれは守れるどうか……。けど、悔いは残して来ません」


 光が覚悟を決めた表情で言うと、軽音部メンバーはこれ以上何も心配はないと互いに顔を見合わせ。

 部長の越智はバチンと手を合わせ。


「なら渡口の頑張りを讃えての激励会でも開こうか! よーし! 帰りは近くのファミレスで食事だ!」


「いやいや。瀬奈、貴方は激励会関係無く、いつもファミレスに行くじゃない。そう言うなら、たまには先輩らしく奢ってみなさい」


「うぐっ……今月は少々厳しいと言うか……なら麻衣! お前も先輩なんだから貴方と私で割り勘だ! それならいいだろ!」


「……はぁ……分かった。私も出すから、後輩の前ではせめて威厳は保とうよ」


「先輩たちが奢ってくれるんですか? それは儲けものですね。ではご馳走になります」


「……なんか釈然としないな……おい朝木。お前も金出せ。お前も激励する側なんだから」


 えぇええ!と後輩からブーイングが出ながらに3人は帰り支度を済ませて先に退出する。

 残された光は先輩からの厚意に甘えて、激励を受けたつもりで帰り支度を始める。

 その最中にここまで会話に参加せずに傍聴していた軽音部メンバーでもある千絵が光に声をかける。


「良かったね光ちゃん。先輩たちが快く了承して」


「千絵ちゃん……。うん。正直不安だったけど良かった……これで、残り1か月は陸上だけに集中できる」


 光の闘志に燃えると言うか、昔の様に一つの事を真っすぐに取り掛かる真剣な表情を見て、千絵は微笑して。


「なんか光ちゃん。凄く晴れ晴れしいね。少し前までは色々な事を溜め込んで辛そうな表情をしていたのに」


 そんな風に見えたの?と光は怪訝そうな顔をするが、クスリと笑い。


「確かに、私は色々な事を同時にしようとしていた。なんでもかんでも自分1人で頑張るんだって……自惚れた考えをしていた。けど、やっぱり私は、皆が言う様な天才なんかじゃないよ。結局、誰かの支えが無いと倒れる様な愚鈍な人間なんだって思っちゃったんだ」


 光は自らの人生を思い返す。

 

 光は幾度も様々な栄光を勝ち取って来た。

 県大会で最優秀賞を獲り、全国大会では天才の御影にも勝利して全国一位にもなった。

 その時、必ず光の傍には誰かがいた。幼馴染で大好きだった太陽、そして千絵も。


「私は昔から色々と人に迷惑かけるからね。だから、もういっその事開き直って、その性格を貫き通す事にしたよ。だから千絵ちゃん。これからも色々と迷惑かけるかもしれないけど。馬鹿な幼馴染を支えてね」


「……ホント、確かに光ちゃんは自分勝手だね。まあ、昔にもう諦めてるよ。だから、私は光ちゃんの傍にいるんだから」


 笑い合う2人を先に出ていた越智達が呼び、光と千絵は急いで帰り支度を整えるのだった。

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