先輩からの助言

「ちょっと待ってください……なんでそこで光が泣くんですか!」


「そんなの私に分かるわけないでしょ。光さん、詳しく話してくれなかったし」


 大久保、北条の話が終わった直後に太陽は北条に詰め寄る。

 だが、大久保に止められ、まあまあと宥められる。


「一旦落ち着け古坂。話はまだ—————」


 大久保は北条に何かを訴える目配せをするが、北条は拒否するみたいに首を横に振る。

 太陽は北条に宥められて動きは止まるも、その思考は更に熱を上げるだけだ。


「意味分かんねえぞ……。恐らく貴方達が言う日は、俺が見たあの日だろう……だけど、なんで光の奴が泣いてるんだよ……泣きたいのはこっちだったんだぞ!」


 振られて間もない日の、まだ太陽が光に振られた現実を直視出来てない頃。

 あの時の悔しさと悲しさを思い出して太陽は怒りを湧き上がらせる。

 だが、八つ当たりと喚き散らす事は2人からすればお門違いにも程があるから、太陽は肺の息を全て吐き出すと共に怒りを絞ます。


「……って、先輩たちの話からすると、御二人は付き合ってる……ってるんですか?」


 太陽の質問に大久保は頷き。


「ああ。俺達が中3に上がる頃からな」


 太陽は2人が付き合っている事は知らなかった。

 大久保清太は中学ではその端麗な容姿と優れた成績で学校は有名人。

 だがもう一方の北条明日香は、正直太陽は存在じたいが曖昧な存在で、申し訳ないが、2人は雲泥の差である……まるで太陽と光の様な。

 北条が勝手に彼女を名乗っている線も考えられたが、彼氏の大久保が認めたからそれは消えた。

 つまり、2人は正真正銘の恋人で、今も付き合っている。

 北条が話してくれた内容から、多分、光もその事を知っている。


「(あいつは俺に他に好きな人ができたからって振った……けど、もしあいつが大久保先輩がその好きな人だったら、つまりは……彼女がいるって事で殆ど振られた様なもの……はっ、ざまあみ——————)」


 ドン!と太陽は自分の脚を拳で殴り思考を止める。

 

「(何がざまあみろだ俺……。確かにあいつに傷つけられたからって人の不幸を喜ぶとか、屑過ぎるだろ!)」


 相手が嫌悪する相手でもその不幸を喜ぶ自分の方に更に嫌悪感を抱いてしまう。

 それに、まだ光の好きな人が大久保先輩だと決まった訳でもないし、もしそうだとしても光が諦めているかも分からない。

 

 自己嫌悪に陥っている太陽を他所に、携帯で時間を確認した大久保は太陽に言う。


「スマンが古坂。あまり時間が無いから今日はここでお別れだ。またの機会があればまた話そう」


「そうですか。すみません、自分が呼び止めたばかりに。今日は話せて良かったです。ありがとうございました」


 礼儀正しくお辞儀する太陽に大久保は背中を向けて歩き出そうとするが、北条が太陽に歩み寄り。


「ねえ古坂君。私は貴方と光さんの関係をあまり知らないし、とやかくいうつもりもないけど、これだけは助言させて。もう少し互いに腹を割って話してみたらどう? そうすれば、分かる事もあるかもよ」


 最後にそれだけ助言を残して、北条は大久保と共に去って行く。

 北条の言った言葉の意味が、太陽には理解が出来なかった。


* * *


 太陽と別れて地元の裏道を歩く大久保と北条。

 後方の太陽の姿が見えなくなったことを確認して大久保は北条に言う。


「なあ明日香。なんでお前、渡口が話してくれなかったって嘘を吐いたんだ? 俺は知らないが、少なくとも泣いた原因ぐらいは聞いているだろ」


 大久保に言われて北条はため息を吐く。


「女同士の話は他言は御法度。それに他人の口から言われたからって彼が納得すると思う?」


 北条は太陽に嘘を吐いた。

 彼女は知っていた。1年ちょっと前に久々に再会した光が何故涙を流したのか。

 北条は目を閉じてあの時の会話を思い出す。


 光が突然に涙を流してから、事情を聴く為を近くのベンチに並んで座る光と北条。


『ごめんなさい北条先輩……折角大久保先輩とのデートの時に……』


『別に構わないわよ。後輩が泣いているもの、慰めて相談に乗るのが先輩の責務だから。ドーンと私に話してみなさい。悩みも口にすれば多少軽くなるから』


 北条の優しい微笑みと頭撫でで涙を抑える光は少し閉ざした心を開いたのか、その悩みを打ち明ける。

 ここは女性同士の方が話し易いって事で、北条が大久保に命令して彼は話が聞こえない距離で待機している。

 そして光の話を聞いた北条はどよーんと肩を落し。


『な、なんとも重たい話ね……そうか、光さん、あの仲良くしていた彼と付き合っていたのね。中学の頃に貴方が親しそうな男性と一緒にいる所を何度か見た事があったから、そうか……貴方達も幼馴染だったのか、それで……けど』


『……はい。私は彼を傷つけてしまいました……。本当はずっと一緒に居たかった。ずっとずっと仲良くしたかった……けど、私は彼の言葉が信じられなくなってしまった……彼が本当に私を見てくれてるのか疑ってしまった……そんな状態で私は……太陽と一緒に居られなかった。そんな自分が嫌で……嫌でぇ……』


 煙の様に儚く消えそうな程に小さな声で呟く光の眼からポタポタと涙の雫が落ちる。

 北条は少し驚く。

 いつも気丈に笑顔を振る舞う光が自分の前でこうやって涙を流すのは初めてだったから。

 それだけ光は彼の事が好きだったのだろう。そして、そんな彼を信じられない自分が更に嫌で。

 正直予想を超える思い悩んだ相談で北条は言葉を選んだが、適当な慰めでは駄目だと、本当に思ったことを口にする。


『ねえ、光さん。貴方の気持ちが分かるって同情の言葉は却って貴方を傷つけると思う。だから、これは私の意見なんだけど……。貴方のしている事は少し自分勝手だと思うわ。その悩みを誰にも、その太陽君っていう彼にも打ち明けずに、自分で勝手に逃げたのだから』

 

 北条の突きつける言葉に光は驚きと悲しみを通り越して渇いた笑いを零し。


『そう……ですよね。結局私のは自分勝手……太陽に理由わけも言わず、親友の気持ちも踏み躙る……最低な女です……』


 光は更に自分を責める。

 光の隣に座っていた北条は立ち上がり、光の前に立つ。

 そして、数秒北条を目を瞑ると、瞼を開き、真っすぐな瞳を光に向ける。


『確かに貴方のは自分勝手……だけど、私はそれを間違いだとは思わないわ』


 北条は光の行動は駄目だと指摘した。だが、駄目であっても行動自体は間違ってないと言う。


『恋人ってのは互いの信頼関係が築けてないと成立しないもの。どちらかが相手に不信感を抱けば、その亀裂から結局は関係は崩れ落ちる。貴方が彼に不信感を抱いた時点で、別れるのが早いか遅いかの違いだったでしょうね。厳しく言うけど、別れて正解だったんと思うわ』


 涙が止まった光は茫然と瞼を瞬かせる。

 そして北条は腰に手を当てて、涙で潤う光の瞳を見据え。


『けどね。さっきも言ったけど、彼と腹を割らずに勝手に決めて、何も言わずに別れを切り出した。しかも、その理由が他に好きな人が出来たって……私はあなたを擁護する言葉が見つからないんだけど……』


 北条は呆れかえり、空気を重たくする深いため息を吐く。

 

『光さん。私も貴方と同じで、幼馴染の男の子が初恋だけど、私の場合はまだその初恋が続いている。だから、今の私には貴方の気持ちは分からないし、出来ることなら分かりたくない……てか、そもそも貴方の状況が特殊過ぎて、アドバイスが全く浮かばないんだけど』


『……ごめんなさい』


 光も自分の状況が特殊過ぎると自覚している。

 光は何度も悩んだ。悩んで悩んで悩んで悩んだ末に、自分で答えを出した。

 別れの言葉を発する直前まで、違う言葉を頭に浮かばせていたとしても……。

 暗然と顔を俯かす光と高さを合わせる為に、屈んだ北条はバチンと光の両頬を挟む様に手を付ける。

 むにぅと変顔になる光から視線を外さない北条は言う。


『私には貴方の気持ちは分からない、けど、これだけは言わせて光さん。貴方は中学の頃からそうだった。貴方は私なんかが及ばない程に陸上が上手で周りから沢山期待されて、そのプレッシャーをずっと自分の中に溜め込んでいた。貴方は自分の本当の気持ちを隠す癖がある。だから……もう少し肩の荷を下ろしなさい。そうすれば、軽くなって前に歩けるかもしれないから』


『それはどういう……』


『それは自分で見つけなさい。まあ、本音は、言ってなんだけど私もまったく分かってなかったりして』


 歯を見せ笑う北条に釣られて光も失笑する。

 

『ハハハッ。……ありがとうございます、北条先輩。大分気分が楽になりました』


 2人の会話はここで終わった。

 その後は光が迷惑をかけたって事で食事は中止になったが、その後に光は立ち直ったかまでは北条は把握していない。

 だが高校に入って練習中に怪我をしたとは聞いているが、この事が遠因なのかは定かではない。


「……光さん。私はあなたを擁護するつもりも、彼に貴方を許しなさいってのも言うつもりはない。けど……もう少し互いに歩み寄ってもいいんじゃないかしら、それが恋ってものでしょ」

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