そして現在
場面は回想から夕食時で喧噪するファミレスへ。
御影の要求で彼女が知らない太陽たちの過去話は一旦区切られる。
2人が座る席は店内の隅の席で、隣は四人家族の団体が座って賑わっている。
御影はここまで太陽と光が付き合う経緯を聞いて、コップにあるアップルジュースをストローで飲み干した後に一言。
「ヘタレですか、古坂さんって」
飾り気のない言葉が太陽の胸を抉る。
知人から何度も言われた言葉だが、やはり慣れない太陽は心に傷付く。
「マジで皆は俺の事ヘタレヘタレって……だったら芸名的な感じでヘタレ太陽って名乗ってやるかいっそ」
「おぉいいですね。名乗りましょう名乗りましょう。ヘタレ太陽、古坂さんにピッタリです」
「いや、冗談だからな? 名乗る訳ないだろ」
「私も冗談ですよ、2割は」
「2割って、殆ど本気じゃねえか!?」
「実際本当の事ですから」
「……お前、喋りは上品なのに言ってる事案外ヒドイよな? マジで」
そうですか?と無自覚なのかはぐらかしているのか区別できない反応を貰った太陽は、自分もコップの中のメロンソーダを一気に飲み干す。
2人の前には空の食器が並べられ、会話の合間に夕食を取っていた。
これで夕食は要らないのだが、御影は部活生だからかデミグラスオムライスとミートパスタだけでは腹が満たされなかったのか、追加で2人でも摘まめるフライドポテト大盛を追加注文する。
余分な脂肪は削り取られた様な華奢な身体からは予想が出来ない御影の大食漢に圧倒される太陽だが、フライドポテトが届くまでの間、御影はコップに入っている氷をストローでかき混ぜながらに、ここまで聞いた話で思ったことを口にする。
「古坂さんが小心者だってのは、正直会った頃からそのきらいはあったので驚きませんが。私からすれば高見沢さんの献身が凄いと思いますね。何の見返りもなく人の恋の手助けをするなんて」
「そうだな。本当にあいつには色々と助けられたよ。俺の中では、友達であいつが一番に幸せになって欲しいって思うよ」
「そう言われるとなんだか妬けちゃいますね。高見沢さんの事、信頼しているんですね」
「まあな。後にも先にも、あいつ程信頼できる友達は出来る気がしねえよ」
太陽の悩みを真摯に相談に乗り、最後まで助力する千絵に太陽は感謝の念しか感じ得ない。
千絵に全幅の信頼を置く太陽に御影は質問する。
「そんなに信用しているなら、古坂さんは高見沢さんの事女性としていいなって思わないんですか? 献身的な女性って男としてはグットポイントでは?」
「信頼と好意は違うだろ。確かに俺はあいつの事を信用しているが、それはあくまで友達としてだ。恋慕的な事は思ったことはない」
「ふーん、ですか。これは相当なインセンシティブな感性ですね。彼女たちの気苦労が窺えます。私もこの先が不安ですね」
「いんせんてぃ……なんて? つか、何が気苦労なんだよ」
「それは自分で考えてください。それが恐らく古坂さんの人生の最大の宿題になるでしょうから」
御影がはぐらかすと、その直後に追加注文していたフライドポテトの大盛が運ばれて来る。
メニューに載っている画は普通盛りだが、大盛はそれよりも二回りも増量されていた。
一般男性でも辛い2メニューの料理を平らげたはずの御影は、物怖じせずにフライドポテトを3つ纏めて口に放り込む。
「うーん。何とも美味しい塩加減ですね。初めてファミレスのを食べましたが、中々に美味ですね。古坂さんもどうですか?」
「いや俺は……少し貰うかな」
ハンバーグ定食が腹に溜まる太陽だが、胃の隙間に放り込む様に幾つかのフライドポテトを食す。
フライドポテトが運ばれて話は中断したが、新しい話題を御影が切り出す。
「そう言えば、付き合う過程のお話はして貰いましたが。話的には少し異端な部分もありましたが、別段可笑しい部分はありませんね。普通のカップル成立話でしたし。その後に破局する様な事はあったんですか?」
「そうだな……付き合った後の話は――――――」
「あっ、別に詳しく話さなくて結構ですので。ただの惚気話を聞かされてもイラッてするだけなので。古坂さんから感じて、何か心当たりはないのですか? 何か渡口さんの気に障る事が」
「あいつの気に障る事ね………なんか沢山あるような……」
「はい
「ちょっと待て! 確かに俺は付き合った後もあいつの事を怒らす的な事をしたのは否めないが、それでもいつも最後には仲直りしている。幼稚園の頃からずっとそうだった! それに俺があいつに振られた言葉があいつに他に好きな人が出来たからで……」
自分で言葉にしてダメージが来たのか落ち込む太陽に、御影は首を傾げ。
「他に好きな人って、心当たりはあるんですか?」
「まあ……1人だけ心当たりが……。大久保清太って先輩なんだが、俺達の中学の一個上で元陸上部部長の」
心当たりというよりも、昔に太陽が光が笑顔で並んで歩いていた男性の名前と顔を思い出す。
大久保清太は中学時代の太陽たちよりも一つ上の学年で、陸上部の部長でもあった男性。
県では好成績を出して、高校は県外の強豪校に推薦で進学した、中学の頃は密かにファンクラブもあった程の人気者だ。
「大久保清太ですか……その人、前にスポーツ雑誌で取り上げられましたね。今年の大会では好成績も期待される選手として……しかも顔もイケメンですから、前の学校では中々にその人に熱を上げる女性も……」
「おい。なんで俺を憐れむ様な眼で見ているんだよ! おまえそれ、失恋直後の俺がされてたら自殺してるぞ!」
時が経って和らいだとは言え、それでも太陽の心にダメージを与えるのには十分な程の御影の哀れみ。
そして太陽に悲哀を向ける御影はウソ泣きの仕草をして。
「しくしく。相手が将来を期待される美男子では、フツメンで特出した事が挙げられない古坂さんには勝ち目がありませんね。けど大丈夫です。女性は星の数いますし、近年では日本の人口は女性の方が上回っておりますから、悲観的にならないでください。なんなら私なんておススメですよ?」
「お前みたいな人の心を土足で踏みにじるドS女はお断りだ」
「うわぉ。中々に酷い言い草ですね。まあ、冗談なんですが」
軽薄に笑う御影。
太陽は内心、『まだ再会してそこまで経ってない相手にここまでズケズケと言える神経が凄いな』と違う意味で御影に感心する。
「そう言えば、話は戻しますが。話の最初で古坂さんは昔に渡口さんと結婚の約束をしたって言ってましたが、付き合ったあとはその話題は出たのですか?」
唐突に話題を過去話に戻され面食らう太陽だが、嘆息をして答える。
「思い返せば正直結婚の約束って言えるかどうかは分からないが、一応はな」
「その時の渡口さんの反応はどうでしたか? 赤面しましたか? 困惑しましたか? ましてや、約束を覚えてないとかは?」
「うーん……確かだが、そうだね、って笑顔で返したはずだ。? 一応、あいつも約束自体は覚えてたみたいだし」
「そうですか……私の憶測が間違ってましたか?」
何やら引っ掛かっているのか納得いかない御影。
御影はまるで自白強要させる警察の様に太陽に詰め寄り。
「では古坂さん。貴方は渡口さんの気に障る様な事を沢山したと言っておりましたが、その後に絶対に仲直りをしたとも言っております。では、渡口さんが古坂さんへの態度がよそよそしくなった時はありませんか? 浮気とか?」
「……お前、マジで人の心をドリルで抉る様な事言うな? 正直泣きそうなんだが?……よそよそしくなった、ね……。そう言えば、正月明けぐらいの後にあいつ、少し俺を避ける様になったな」
「ほほう? 正月明けですと、その前になにかイベントが?」
「別に大事な事はないが、確かあいつ、正月明けは千絵と2人で初詣に行って、その後は千絵の家に泊まったって言ってたな」
「渡口さんと高見沢さんの2人だけで? 2人が幼馴染だってのは知ってますから別に不思議ではありませんが。古坂さんは?」
「俺はその時、母方の祖父の家に行ってたんだよ。我が家は毎年、そこで正月を過ごすのでが定例になっているから、正直、付き合って初めての正月は恋人で過ごしたいと思っていたが、ウチのじいちゃん、来なかったら怒るからな……そうなるとお年玉もらえないし」
「なるほどなるほど。つまり、正月は古坂さんが不在って事で、幼馴染の渡口さんと高見沢さんの2人で初詣に行って、その後は高見沢さんの家に宿泊を。そして、その後に渡口さんの態度がよそよそしくなった、と?」
「そうだが……お前もしかして、千絵を疑ってはないよな? あいつが俺達の仲を引き裂くような事はしねえ」
「そんな事言っておりません。私も、高見沢さんがそんな事する人ではないと思ってます。そもそも、そんな事すれば渡口さんと高見沢さんの仲に亀裂が入って、現在も仲良くしているわけがありません」
確かにと納得する太陽。
探偵の様に推理を立てる御影はカードが少ないのか、更に太陽に提供を求める。
「よそよそしくなった後も、2人は恋人関係を継続してたんですよね?」
「ああ。普通に買い物に行ったり、そう言えば最後のデート……2年の頃に約束した優勝したら水族館に行ったな。3年の全国大会で光がお前に勝って優勝したから」
「うぐっ……仕返しとばかりに今度は私の心を抉って来ますか……やりますね」
「いや、別に張り合ってねえし」
御影の茶番を流して太陽は最後のデートの最後、光が太陽に言った言葉を思い出す。
「そう言えばあいつ……その時に俺にこんな事言ったな。『太陽は私の事好き……なんだよね』って」
「なんですかその質問は、古坂さんはそれになんて答えたのですか?」
「勿論、『俺はお前の事が好きだって』って答えたさ。だがあいつは……『それは昔に約束したから?』って返して来たんだ」
太陽は気付かないが、御影の目は細くなっていた。まるで確証を得られたかの様な。
「私も疑問に思いますね。古坂さんは渡口さんの事は、その約束があって好意を向ける様になったのですか?」
「いや……確かにあいつとの約束で意識はする様になったかもしれないが…………正直俺は分からない。いつから俺はあいつの事を本気で好きになったのか。昔のこと過ぎて覚えてない。する前からなのか、した後からなのか」
人はどんな思い出でも時が過ぎる事で摩耗する。完全に鮮明に覚え続けるのは困難だ。
それが、どんなに大切な思い出でも、約束でも。
だから光への想いは嘘ではない。だが、その気持ちがいつ芽生えたのかはハッキリとは覚えてない。
「では古坂さんのそれに対しての答えは」
「……さっき言った言葉に近い事を言った。確かに約束があったかもしれないが、それでも……俺はあいつの事……」
過去は実際にあった出来事、現在ではどうする事も出来ない事案だが、太陽は光の事が好きだった。
その時の情景を、光の表情を太陽は思い出す。
「そう言えばあいつ……そう答え後、ほんの一瞬だけ、悲しい顔してたな……その後直ぐに笑顔になって『私も太陽の事好きだよ』って言ってくれたから、気のせいだと思ってたが……気のせいだったのだろうか……」
ズズッと氷が溶けた水をストローで啜る御影は頬杖を付き。
「なるほどですね……大体なんなのか分かってしまいました」
何か合点がいったかの様に確信なる表情。
太陽がなにが分かったのか聞こうとした矢先に、御影はテーブルの隅に置かれる伝票を手に取り。
「そろそろこれ以上の長居は店側に迷惑ですので、そろそろ出ましょう。私は会計して来ますので、古坂さんは外に行っていてください」
ここでの支払いは頼んで来た御影が持つ事になっていた。
太陽は御影に言われて会計を通り過ぎて外に出る。
外は完全に日が暮れ、街灯の明りが街を照らす。
湿った空気で蒸し暑いが、昼と比べると夜風も出て涼しさも若干ある。
太陽は会計する御影を外で待つと、会計を済ませた御影が店から出て来る。
「今日は色々と話して貰ってありがとうございます。これで古坂さんがなんで失恋したのか分かりました」
「分かったってお前、なんで俺が光に振られたのか分かったって事か!? なんだよ、教えてくれ!」
詰め寄る太陽に御影は冷淡に首を横に振り。
「それは出来ません。この事は古坂さん自身が見つけないといけないのです。ですが、もし私が渡口さんなら……もしかしたら、私も同じ事をしていたかもしれませんね」
意味深に告げる御影に強く強要が出来なく後ずさる太陽に御影は微笑して。
「もし一つヒントを挙げるなら、灯台下暗しでしょうか? まあ、それを得る方法は私も全然分かりませんが」
御影の言葉が更に太陽を思考の迷宮に入れる。
増々困惑して固まる太陽に、御影は指を差し。
「確かにもし仮に私が渡口さんなら同じ行動をしていたでしょうが、私は渡口さんではありません。つまり、私は晴峰御影として自分に想いを進めるだけです」
そして御影は太陽に差した指を鉄砲を撃つ様な動作をして。
「バーンですよ―――――
それだけを言い残して御影は踵を返して去って行く。
一人残された太陽は御影の言動の意味が分からず、暫く硬直して突っ立てるのだった。
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