過去編 告白

 太陽が幼馴染の千絵に恋愛相談を持ち掛けてから早一か月半が経過していた。

 夏休みまで残り2週間を切った頃に、太陽は緊張を抑える為かゴマを擦る様に両手を擦っていた。

 緊張で心臓が破裂寸前にバクバクと脈動をして痛いほど。

 空気の熱で発汗、緊張での冷や汗で襟や袖に汗が滲み出る。


 太陽は忙しい自分に冷淡な視線を送る千絵に言う。


「な、なあ……千絵。やっぱり止めていいかな……告白するの」


 尻込みする太陽に千絵は肩を落す。

 

「いやいやいや太陽君。昨日までの威勢は何処に行ったのかな? 昨日は『よし! 自信が付いたから、そろそろ勇気出して告白してみる!』って息巻いていたのに。直前になって怖気づくなんて……」


「仕方ないだろ……その時はアドレナリンと言うかノリと言うか……いざ目の前にすると怖くなってしまったんだよ……」


「そうだとしても、ここが踏ん張りどころだから逃げない様に。しかも光ちゃんを呼んだのにやっぱりなしってのはまかり通らないからね?」


 今日、太陽は光に告白をしようと決めた。

 長い年月募らせた想いを、今日初めて太陽は光に伝えようとしていた。

 だが、昨日決心をして、今朝に光に体育館裏に来てくれと約束を取り付けた現段階で、太陽は今にも逃げ出しそうになるほどに腰が引けていた。

 当たり前だ。告白はかなり緊張するイベント。それを平然とやってのけるのは、かなり自分に自信があるナルシストぐらいだ。


「なんのために太陽君は私と練習をしたの。大丈夫。自信を持っていけばいいから」


 太鼓判を押す千絵だが、それでも太陽の溜飲は下がらない。

 逆にプレッシャーがかかり緊張が加速するだけだった。

 

 強張る太陽の背中を千絵は軽く叩き。


「ほら、笑顔笑顔。光ちゃんに告白するってのに怖い顔だと悪印象だよ」


 無理やりに太陽は笑顔を作るが、頬が引き攣り増々不気味だ。

 だが、2人がそうこうしているとこちらに向かう足音が聞こえる。


「光ちゃんが来たみたいだから、私はもう行くけど、後は太陽君の頑張りだよ」


 最後に千絵から勇気が入る様に背中を叩かれ、千絵は太陽を残して退散する。

 一人残された太陽の許に、目的の相手である光がやって来る。


「太陽、私に何か用なの?」


 開口一番に光は要件を尋ねる。

 太陽は飛び跳ねる心臓を必死に抑え、汗で滲む手をズボンで拭い。


「あ、あぁ……悪いな、こんな所に呼び出して」


「別にいいけど。太陽1人?」


 光は周りを見渡し太陽以外の人物を尋ね、太陽は頷く。


「それでもう一度聞くけど。私に何か用なの? なにか用事なら、別に家でもいいはずだけど?」


 2人の家は隣同士で連絡も付きやすく、現代技術の携帯もあるから、わざわざ呼び出す必要はない。

 その事に疑念する光に太陽は唾を呑みこみ。


「そう言えば、お前とこうして話すのは、前に弁当を持って行った時以来だな。あの後は部活やテストで忙しくてあまり話せてなかったしな」


 数週間前に光が家に忘れた弁当を届けに陸上部の練習場に訪れた以降、2人が直接会話したのはない。

 光が大会前の追い込みで練習に励んだ事で、2人の時間が必然的に減ってしまった。

 だが、これまでにそれは何度もあった。が、光が無理してでも太陽の部屋に赴き、2人の時間はあったのだが、今回はまるで光が太陽を避けていたかの様に2人は会わなかった。


「…………そうだね。私の方が忙しかったからね。んで。それだけを言いたかったの?」


 光は何処か苛立ちを見せながらに再度要件を尋ねる。

 太陽は慌てて首を横に振り。


「そ、それだけなはずがないだろ。今日俺は、お前に伝えたい事があるんだ」


「………伝えたい事……ッ!?」


 何かを察したのか光の表情は強張る。

 そして光の身体は微かに震え顔を俯かせる。


「伝えたい事ってなに……?」


 掠れた様な小さな声で尋ねる光に、太陽の緊張は鐘を打つ様に速くなる。

 そして必死に絞り出し、太陽が想いを伝えようと口を開いた瞬間、


「ごめん! やっぱり言わないで!」


 光の叫びがそれを遮り、太陽を拒絶する。

 

「ひ、光……?」


 太陽は理解が出来ずに困惑する。

 そして光は外界の音を遮断する様に自らの両耳を塞ぎ。


「聞きたくない聞きたくない! なんで私に報告するの! 付き合ってるなら勝手に付き合えばいいじゃん! 私に対して何かしらの嫌がらせなの!? こうやってわざわざ言いに来るって!」


 錯乱する様に光は叫ぶ。

 何を言っているのか太陽は理解が出来なかった。

 もしや自分の好意に気づいているのかと思われたが、言葉からしてそうではなかった。

 

「光! お前、何言っているんだよ! 付き合ってるなら勝手に付き合えばいいって、意味わかんねえこと言うんじゃねえよ!」


 太陽は光の腕を掴んで耳から離し自分の声を届ける。

 だが、光は涙を溜めて尚も叫ぶ。


「いいよ別に隠さなくても! 私は、2人共大事な親友だって思ってる! だから、幼馴染として祝福したい……けど、ごめん……今はそんな気持ちになれないの……だから、今は何も言わないで……」


 太陽は理解する。光は何かしらの誤解をしている。

 それを突きつけられるのではと勘違いをして拒絶しているようだ。 


「お前何か勘違いしているんじゃないのか! 祝福って、俺は誰とも付き合ってねえよ!」


「嘘吐かなくていいよ……だって」


 信じない光に太陽は苛立ち髪を掻く。そして真剣な瞳で光を見て。


「だぁああ! なに訳わかんない事言っているがな。マジで俺は誰とも付き合ってねえし、俺が好きなのは世界で1人だけだ!」


 太陽の緊張はいつの間にか消えていた。

 涙を流す光を見て、その涙を拭いたい。不安に思うならその不安を払拭したい。

 太陽は込み上げる気持ちを素直に、一直線に伝える。


「俺は、古坂太陽は、お前……渡口光が好きなんだよ! ずっと前から今も、この先だってお前を好きなんだ!」


 まるで世界が制止した様に静かになり、太陽と光は互いに見つめ合う。

 光は信じらないとばかりに目を揺らし。


「だって……太陽君には千絵ちゃんが……」


「もしかして俺と千絵が一緒に居たから勘違いしたのかもしれないが、俺とあいつはそんな関係じゃない……なんつうか、恥ずかしいが、俺、滅茶苦茶臆病でよ、お前に気持ちを伝えれなかったんだ。その手助けをしてくれたのが千絵なだけだ」


「じゃあ……一緒に居たのって……」


「友達なんだから別に一緒に居たって不思議じゃないだろ。まあ、恋愛相談に乗って貰っていただけどいいますか……」


 恥ずかしさが頂点に達したのか言葉がたどたどしくなる。

 言い切って太陽は羞恥が込み上げて来たのか顔を紅葉の様に赤くなる。

 

「ねえ太陽……今の言葉は、本当? 嘘ない、よね?」


「嘘なんかねえよ。はぁ……全然プラン通りにいかないし、上手くいかないものなんだな……。まあ、俺がお前の事が好きだって気持ちは嘘じゃない。……えっと光、それで答えは―――――」


 太陽が返答を聞くのを遮り、太陽の胸に光は飛び込む。

 

「私……嬉しい。太陽が、私の事を好きだって言ってくれるなんて……ずっと待ってた。ずっとその言葉を……」


 今度は違う意味で震え、涙を流す光の背中にそっと腕を回す。

 

「なあ光……それってつまり……」


 光は太陽から1歩下がり、涙で濡れる顔で最大級の笑顔を作り。


「私も大好きだよ、太陽。ずっと昔から」


 その返答を聞いた瞬間、太陽は歓喜の感情が爆発する。


「よ――――――しゃあああああああ! マジか、なあ、光! お前こそ、それに嘘はないよな!?」


「私が太陽に嘘を吐いた事がある? 嘘なんかじゃないよ。私は、ずっと太陽の事が好きだった。さっさと気づけこの鈍感」


 感涙で視界を滲ます太陽。

 長年の想いが実り、太陽は感激に打ちひしがれる。

 だが、太陽はまず最初に言葉にする。


「光……これからよろしくな」


「私の方こそ。宜しくね、太陽」


 2人の長年の恋は成就した。

 この時の2人はこの恋が永遠に続くと疑うことなく信じていた。

 ずっとこの愛を育み、死が2人を引き離すまで、2人は一緒にいると……。


 幼馴染の恋が成就して笑顔で向き合う2人に、パチパチと拍手が聞こえる。

 太陽と光は拍手の音が聞こえる方角に顔を向けると、そこには2人を祝福する千絵がいた。


「いやーおめでとう太陽君に光ちゃん。幼馴染の2人が正式に付き合いだして感慨深いよ。まだ学生だけど、2人共幸せになってね」


 この様子から千絵は陰から太陽の告白を見守っていたらしい。

 そして成功を確認するや祝福の為に出て来た。

 太陽からすればもう少し成功の余韻に浸りたかったが、協力して貰った千絵には感謝しかなく文句は言わない。


 千絵はクルリと太陽を下から見る様に上目遣いでウィンクをして。


「だから言ったでしょ太陽君。絶対に成功するって。ホント、末永く爆発してねリア充ども」


 クスクスと笑う千絵に光は微笑み。


「千絵ちゃん……ありがとね。正直私、千絵ちゃんと太陽が付き合ってるんじゃないかって誤解していたみたい……千絵ちゃんに言われのない誤解を向けてごめんね」


「いいよ別に。それに、私がこんな唐変木の太陽君と付き合うなんて、まさしく太陽が爆発するぐらいに有り得ない事だから」


 別に付き合うつもりはないが、言われれば腹が立ちこめかみを引くつかせる太陽だが、千絵の笑顔に遮られ。


「本当におめでとう太陽君に光ちゃん。そして、ありがとね」


 ん?と太陽と光は顔を見合わせる。


「ありがとって、俺がお前に礼を言う事はあっても、お前から礼を言われる謂われはないが……?」


「私も」


 千絵の感謝の言葉の意味が分からずにハテナマークを浮かばせる2人に千絵は小さく手を振り。


「別に気にしないで。ただ、言いたかっただけだから。……これでやっと、終われるんだから」


 ボソッと何かしらを呟いた千絵だが、2人はそれ以上に追及はしなかった。

 ただ今は、念願の恋の成就の至福を噛み締めるだけだ。


 太陽の提案で光との交際は秘密で、知る者は千絵と信也の2人だけに留まらせ。

 そしてその後日。千絵は長かった髪をバッサリ切ってショートカットになっていた。


 

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