過去編 見返りは求めず

「光! 好きだ、つ、付き合ってくれ!」


 時刻は昼下がりの土曜。

 熱が籠る外故に人影は少なく、住宅街から離れた公園にいるのは2人だけ。

 そんな公園に向き合って立つ男女2人で、男は女に青春の叫びの愛の告白をしていた。

 

 が、女は難色で顔を歪ませ、ビシッと男を指さす。


「はい、また噛んだ! これで何回目? 先刻さっきから同じ場所で噛んでるよ」


 まるで演技指導をしているかの様に指摘する女。

 

 ここで言うが、女は男が言った光ではない。

 女は高見沢千絵。男は千絵の幼馴染である古坂太陽。

 

 故合って太陽が千絵に恋愛相談を持ち掛け、千絵が太陽に告白の指導をしていた。

 土曜で学校がお休みである為に、以前に掲げた『告白練習』を人気のない公園でしている2人だが。

 土曜で昼頃は気温が上昇しており、汗も掻いた事で一旦練習は中断する。

 近くのベンチに腰掛け、太陽は公園に設置されている自販機でジュースを購入をして、1本を千絵に渡す。


「ほらよ。今日の礼って訳じゃないが、ジュース奢りな」


 太陽は買ったばかりの冷え冷えのオレンジジュースを千絵に差し出すが、


「ありがと。けど、正直これよりもそっちの方がいいかも」


 千絵は太陽が持つ炭酸飲料を指名する。

 この炭酸飲料は太陽が好きな物で購入したが、何も聞かずに買った為か、太陽は渋々と千絵にそれを渡し、太陽は千絵に渡すはずだったオレンジジュースを飲むことにする。

 2人並んでベンチに座り、各々がジュースを飲み。


「それにしても、わざわざこんな暑い日に呼び出されるなんて思わなかったぞ。相談を頼んだこっちが言うのもなんだけど、少し焦り過ぎなんじゃねえか?」


 太陽は今朝突然に千絵に呼び出されこの公園に来たのだ。

 唐突に『今日公園で告白練習するよー』と買い物行くよという軽いノリで。


「私的には早くに太陽君に恋を成就して欲しいからね。もうすぐ夏休みだし、太陽君も、今年の夏は光ちゃんと恋人同士で過ごしたいでしょ?」


 そう言われ太陽は恥ずかしそうに顔を紅潮させる。

 

「た、確かに夏休みまでには付き合えたらいいなとは思うが……。よくよく考えれば、祭りだったりプールだったり、付き合えたとしても去年と差して変らないんじゃねえか?」


「何を言うのかな。幼馴染と恋人では全然違うよ。幼馴染はあくまで友達だけど、恋人は互いを好き合える同士、何が起きるか分からないものだよ」


 微笑する千絵に太陽は「何が起きるか」の部分で喉を鳴らす。

 

「……太陽君、今、絶対に如何わしい事考えてたでしょ?」


「ば、何を言うんだ! 俺がいつ、如何わしい事を考えたと言えるんだ!」


「顔が凄くニヤケテたからだよ! まったく! 思春期だからって付き合いは健全でお願いね!」


 健全な付き合いを釘刺された太陽だが、一瞬脳裏を過った妄想が叶うのは恋が成就してからだ。

 千絵に変態のレッテルを貼られかねないので、この話はここで断ち、次の話題へ。


「それにしてもさ、千絵。お前はこうして休日返上してくれてまで、俺の恋愛に助力してくれるが。何か見返りとか求めないのか……」


「見返りって……流石に友達からじゃあ私はこれしたんだから何かお礼頂戴、なんて言わないよ。さっきも言ったでしょ? 私的には早く太陽君には早く光ちゃんと付き合って欲しいって思っているだけだから。友達の幸せは私の幸せでもあるんだから。二人が幸せになってくれるなら、私は何も見返りはいらないよ」


 まるで聖人の様に太陽と光の幸せを願う千絵。

 

「け、けどよ……俺は何かお前に礼をしたいと言うか……学生の経済状況では、こうやって安い何かを奢る程度しか出来ない事に歯がゆさを覚えているんだが……」


「そんな気にしないでいいよ。ケーキだって奢って貰ったし、ジュースだって奢って貰ってるし。それに、女の子的には、こうやって何かをプレゼントさせるのプラスだから、ちゃんと光ちゃんにもしてあげてね」


 分かってるよ、と頷く太陽。

 それを確認して千絵はジュースの中身を飲み干す為に一気に缶を傾け。


「ぷはっ! それに太陽君。もしもう一つ私が見返りを求めずに太陽君に助力する理由を言うなら、いつまでもいじいじと言い訳を言っているヘタレな太陽君を見ているのが苛立ったってたから、やっとで踏み出そうと決心した太陽君を見て、私は嬉しかったからだよ。だから、頑張らないとね」


「千絵……」


 この様な親友は稀有で貴重だろう。

 もし太陽が今までの人生で運が良いと語るなら、この様な親友が出来た事かもしれない。

 見返りを求めず、ただ親友の為に力を貸す共など、後にも先にも、千絵ぐらいだろう。


「……その気持ちで全部だったら、本当は楽だったんだけどな……」


 何やら千絵は擦れる様な小さな呟きを零す。

 太陽の耳までその言葉は届かず、太陽は首を傾げて俯く千絵を見ていた。

 その事に気づいた千絵は、慌てて立ち上がり、


「ほ、ほら! いつまでも休んでいる場合じゃないよ。早く練習を再開しようか。ほらほら。早く飲んで」


 笑顔を振りまく千絵だが、太陽は何処か、千絵のその笑顔が空元気にも思えた。

 気のせいであればいいが、もし違った場合に千絵からの怒りを買う事を恐れて太陽は何も言わなかった。

 千絵のその笑顔の影に、微かな哀愁を潜めている事に、気のせいだと流して。

 

  

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