過去編 告白練習
昼休みが終了をして、午後の授業を経て放課後まで進み、SHRを終えた太陽を宣言通りに千絵が教室まで迎えに来る。
昼頃の蒸し暑さは若干残るが、日が沈みかかる時刻でそこそこ涼しい風が吹いている。
千絵を先導に2人は学校の廊下を歩く。
校舎内は学校が終わって直ぐな為か、帰宅する生徒達の喧噪の中を並んで歩く。
「なあ千絵。これから何処に向かうんだ? 結局、相談には乗ってくれるらしいが、どこで何をするかまでは聞いてないんだが?」
「場所は決まってるよ。3棟校舎の1階の端の教室。放課後に誰も使用しない教室だよ」
太陽の通う中学校には3つの校舎がある。
1棟校舎は2階建てで、2階は3年の教室で、1階は職員室などがある。
2棟校舎も2階建てで、2階に2年の教室、1階に生徒会室がある。
そして2人が向かう3棟校舎は3階建てで、3階に1年の教室、2階に美術室や音楽室、そして3階は殆ど使用されてない教室が並ぶ。
その為に放課後は基本的に自由に開放されていて、誰でも使用が可能。
勿論、鍵が付いているために事前に教師に許可が必要で、千絵は太陽を迎えに行く前に許可を貰っていたのか、その教室の鍵を持っていた。
「確かにあそこなら相談事をする時は最適かもな。けど、別にするならお前の家でもいいんじゃないのか?」
「……また昨日の二の舞になりたいのかな? 知っていると思うけど、
太陽は理解したと言葉を呑む。
昔に太陽は幾度か千絵の家で遊ぶ事はあったのだが、その度に歳が離れた千絵の兄たちに無理やり付き合わされて、いつしか千絵が自分の家では無理と言い、太陽の家か光の家で遊ぶのが当たり前になった。
太陽は千絵の兄の面倒さを思い出して、見られる恐れは多少あるが、教室でするのを了承する。
太陽の家では、意中である光の家が隣の為に、光に見つかる危険性があって除外されている。
「んじゃあ、その教室で何をするんだ?」
「それは教室に着いてから説明するよ。けど、覚悟しておいてね?」
不穏に呟く千絵に寒気を感じた太陽。
これから何をするんだと太陽は一抹の不安を覚える。
廊下を歩き2人は目的の教室へと到着する。
木製の扉に掛かる施錠を千絵が借り出した鍵で開錠をして中に入る。
あまり使用されない教室だからか掃除も行き届いてなく、床は埃が広がる。
その上を歩き、教壇付近まで歩くと、千絵は太陽の方へと振り返る。
二コリと不気味にも思える笑顔の千絵に太陽は冷や汗を流して尋ねる。
「……んで、千絵。今からここで何をするつもりなんだ?」
「それはね。今から太陽君にしてもらうことは、これだ!」
黒板付近に置かれる短い白チョークを手にした千絵は、タンタンと音を鳴らして文字を書く。
そして書き終えると千絵はそれを掌に粉が付くのをお構いなしに叩き。
「はい! 読んでみて!」
語気強めに求める千絵に太陽は数度瞬きをしながらに唖然となる。
「い、いや……千絵さん? お前、自分が何を書いているのか理解しているのか?」
「学年中盤ぐらいの成績の太陽君に馬鹿にされたくないね。ほらほら。読んでみて」
さりげない中傷を受けながら、太陽は千絵が書いた文字を読み上げる。
「……告白練習?」
疑問符を浮かべながらに読んだ太陽に千絵は頷き。
「そう! 告白練習! 太陽君にはこれからこれをしてもらうから!」
何故か興奮気味に語る千絵だが、太陽は全く理解が追い付かず。
「なあ……千絵。それってどういう意味なんだ? 告白練習ってのは」
「どういう意味もそのままの意味だよ。太陽君にはこれから、恋愛の見せ場でもある告白の練習をしてもらうから」
説明されてもやはり理解出来ない太陽。
頭が真っ白って感じなのか、茫然と立つ太陽に千絵は彼の眼前で手を振り。
「おーい、太陽くーん? 生きてますか~?」
太陽は我に返り。
「いやいや千絵さん可笑しくないか? なんでいきなり告白の練習ってわけ? 色々とステップを飛ばし過ぎなんじゃ……」
「全然可笑しくもないし、ふざけてもないから。最終的には相手に気持ちを伝えるのは告白でしょ? なら、一番に頑張らないといけないのは告白じゃん」
「確かにそうだが……。告白って一々練習するものなのか? だって、ただ相手に好きですって伝えればいいだけのことだろ」
文句を言う太陽だが気づく。
千絵からの不穏な空気を、まるで太陽が千絵の地雷を踏んだかの様に……。
「ねえ、太陽君。太陽君はさ。光ちゃんに告白出来ないから私に相談して来たんだよね? なのにさ、一々口出しして何様なのかな?」
「恐ッ! 千絵さん恐っ!」
静かな口調だが確実に千絵が怒っているのが明瞭である。
「それに太陽君さ……。告白を簡単に出来るって言うけど、本当に出来るの? 相手の眼を見て、背筋を伸ばして、堂々とした態度で真剣に、自分の気持ちを伝える事が、ヘタレで臆病な太陽君が出来ると思うのかな?」
「いえ、できません! マジでごめんって思っているから、本当に機嫌を直してくれ!」
思わず土下座を慣行してしまいそうになるほどの千絵の圧。
いつもは軽めに怒る千絵だが、本気で怒るとなれば太陽は千絵に敵わない。
千絵は言い足りないと納得いかない表情だが、このままだと話が脱線して進まない為に、後で太陽が千絵にジュースを奢る事で一旦機嫌を直して本題に戻す。
「私は何も考え無しに提案しているわけじゃないからね? これでも太陽君とは昔からの付き合いで、光ちゃんの次には、太陽君に事は把握している。そんな私から太陽君が仮に告白しようした場合に『ひ、光! お、俺はお前の事が昔から好きだったんだ! ちゅ、ちゅきあってくれ!』ってな感じにかみかみで、光ちゃんに笑われるだけだよ?」
ぐぬぬ、と太陽は小馬鹿に対して反論したいが、自分でももしかしたらと思うとぐうの音も出ない。
太陽の性格だと色々と空回りをするに違いない。
そうならない為に事前に慣らして、いざって時に気持ちを抑える練習なのだろう。
「お前の言いたい事は分かった、納得はしてないが。けど、告白の練習ってどうするんだ?」
「それは簡単だよ。私を光ちゃんだと思って告白してみて」
「…………はい?」
千絵の提案に太陽は間抜けな声を漏らす。
そして太陽は自分を指さした後に千絵を指さし。
「俺が? お前に? 告白!?」
仰天と後ずさる太陽に千絵は眉根を寄せ。
「だーかーら! 私を光ちゃんだと思って告白しろって言ってるの! これはあくまで練習なんだから! 私が太陽君にされても狼狽はしないから――――――」
「千絵大好きだ、付き合ってくれ」
「思い存分練習を……へ? え?」
千絵の言葉を遮り、彼女の肩を掴み真正面から告白をする太陽。
唐突に言われ硬直する千絵だが、ミルミルと体中が沸き立つように真っ赤になり、口をパクパクと開閉を繰り返し、確実に動揺していた。
「た、太陽君が……え、私の事を好き、って……えぇえ」
いつもならすかさずに殴られると予想していた太陽からすれば千絵の予想外の反応。
壊れた機械の様に湯気を出し、眼も口も何度も鐘を打つ様に閉じたり開いたりをして。
口では狼狽しないと語っていた千絵だが、そんな千絵の反応を見て意趣返しが出来たとご満悦の太陽は口端を上げ。
「いやー。狼狽しないって言っていた割には全然してるじゃねえか。それに、
先程の仕返しが出来たと笑う太陽だが空気は凍り付く。
赤く染まっていた千絵は今の言葉を聞いて、無表情を通り越して感情が虚無になったかの様な表情となる。
「フーン。ソウダヨネ。コレハアクマデジョウダンダモンネ。イヤーオドロイテソンシタ」
まるで決められた言葉を発するロボットの様な棒読みを口にする千絵の目は死んでいた。
そして千絵は身体を震わせて、先程とは違う意味で顔を紅潮させ、涙目で太陽を睨み。
「ねえ太陽君……これはお兄ちゃんと昔に見たアニメでヒロインが使った言葉だけど言っていいかな?」
太陽は悟る。次に自分に降りかかる
千絵は大きく深呼吸をして
「100万回死ね! この唐変木!」
「だはっ!」
渾身の拳が太陽の鳩尾を打つ。
その衝撃は危うく昼食に溜め込んだ物が逆流するほど。
床を転がる太陽を尻目に、フン!と鼻を鳴らした千絵は追い打ちと太陽を数度踏みつけ。
「私はまだ練習開始って言ってないのに何勝手に始めてるのかな? もういい! 今日の所は帰る!」
ご立腹の千絵は鞄を持って帰って行く。
結局、今日は練習は何もせずに中断となり、その後は太陽は教室の戸締りをして帰宅することとなった。
後で太陽は千絵に流石に冗談が過ぎだと謝罪メールを送り。
『バーカ! 次あんな事したらもう相談乗ってあげないからね! 後、前にオープンしたケーキ屋のケーキを奢る事! いい!?』
と、条件付きだが一応は許してくれたらしい。
なんだかんだで自分の力になろうとしてくれてる千絵には感謝しかない。
そんな千絵の厚意に報いる為には、必ず光への告白を成功させるしかない。
その決意を胸に、明日提出しなければいけない英語の宿題をするのを忘れて、太陽は就寝するのだった。
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