過去編 少女漫画は参考書?

「はぁ……はぁ……かなり疲れたよ。本当に『いつ結婚するんだ?』とか『俺は甥と姪なら甥の方がいいな』とか、マジであの馬鹿兄2人の頭をトンカチで叩こうかと思ったよ……」


 疲れ気味で部屋に戻って来た千絵。

 最悪のタイミングで二人が重なる現場を観られ、その誤解を解く為に30分以上費やした。

 一日のカロリーを全て使い切ったとばかりに疲弊した顔の千絵は、キャスター椅子に座り。


「えっと……何処まで話したんだっけ?」


「そんなに話こんでないが。お前が俺に折檻していた所だな。なんか人を散々罵倒しやがって」


「そうだったね。てか、本当にあまり話が進んでないねこれ」


 嘆息をして先ほどまでの上がった熱が冷め、冷静になった千絵は口を開く。


「ほら、あれだよ太陽君……。やっぱりね、一番に太陽君に欠けているのは、女心を察するデリカシーだと思うんだ。私から見て、太陽君のデリカシーさはミジンコサイズだからさ」


「流石にミジンコはねえよ。あって大豆程度なはずだ」


「正直言ってどっちでもいいよねそれ。結局の所、太陽君は女心を分かってない、これに帰結されるよ」


 太陽の弱点を指摘する千絵に太陽は腕を組み。


「って言っても、女心たってそんな簡単に分かるモノなのか?」


「分かる訳ないじゃん。女心と秋の空って言葉がある程に、女心は難解なんだよ。太陽君如きが分かる訳ない」


「それだともう詰みって事じゃねえかよ!」


 なら千絵への相談事は何の意味があるんだという太陽に、千絵は椅子から立ち上がり、部屋の本棚へと向かう。

 そしてそこから数冊の本を取り出し、太陽へと差し出す。


「だから太陽君には、まずこれを見て女心の基礎を学んでほしいね」


 ドサッと千絵が太陽の手に落したのは少女漫画だった。

 太陽は理解不能な差し出しに目元を引くつかせ。


「ち、千絵……? これはなんだ?」


「え、参考書だよ?」


 なに当たり前な事を聞くのと言わんばかりのトーンで返す千絵。

 あまりの素っ頓狂に首を傾げる千絵の言動に理解が追い付かない太陽。

 太陽は眼の錯覚かと瞼を瞬かせるが、当たり前だが目の前のモノが変わる訳がない。

 

「なぁ……千絵。これって少女漫画だよな?」


「いや。参考書だよ」


 又しても即答。

 千絵は引き下がらずに、この美男子と少し地味めな少女が表紙に描かれた漫画を頑として参考書という。

 

「いや、これをどうやって見ても少女漫画だよな? これの何処が参考書なんだよ」


「それは参考書だよ」


「いや、だから……」


「参考書だよ」


 梃子でも動きませんと言わんばかりに頑固として参考書と主張する千絵。

 それは本気なのか冗談なのかが区別できない程に真顔だった。


 太陽は、もういっその事百歩譲ってこれを参考書と認めよう。

 これは漫画だが、裏を返せば漫画は物語の人物に自分を照らし合わせて、疑似的な恋愛をして感情移入を狙えるから、ある意味では参考書と言えるだろう。

 だが、それでも一つ、太陽が納得しない部分が、


「これって女子生徒が主役の漫画だろ。普通俺に勧めるなら男子生徒が主役のラブコメを渡せよ!」


「反論するところそこなんだ!?」


 女心を学ぶために漫画を渡すのに疑問を想う太陽だが、そこは目を瞑ることにした。

 だが、表紙から得られる情報だけで推測すると、千絵が渡した漫画は少女が主人公で、学校の人気者のイケメン男子と恋愛をする話だと思われる。

 男性の太陽が読むには少々歯がゆいジャンルであらう。


「それでよ千絵。お前は俺にこれを読ませて、どうしようって言うんだ? 同じ趣味仲間を作りたいのか?」


「違うよ! まず太陽君はそれを見て、少しでも女心を学べっていいたいの!」

 

 千絵は拳を握り、少女漫画を力説する。


「いい太陽君。少女漫画っていうのはね。ただ女の子がドキドキを探求するモノじゃなくて、時にはその物語に登場するキャラを見て学び、この場面では相手はこう考えているかもしれない、このシチュエーションならどんな返しが最適なのか。告白するなら何処がいいのか。どんな言葉を言えばいいのかを教えてくれる参考書。そう! 少女漫画は最上級の恋愛指南書なんだよ!」


 太陽に詰め寄り熱く語る千絵に太陽は冷淡に。


「ふーん。そうなんだ?」


「頑張って頭を捻って説明したのに興味ないですか、そうですか!」


 正直言って太陽は千絵の説明に惹かれる要素はなかった。

 だが、千絵の言い分は大体察する。

 おおよそに考えて、千絵は女心が分からない太陽は少女漫画を見て、漫画内に登場するキャラクターの描かれる心情から学び、少しでも女心を分かる様になれといいたいのだろう。


「だがな千絵。お前に1つだけ言うが。二次元漫画三次元リアルは別物なんだぜ? 仮にこれを読んだとしても、女心が分かるとは到底思えないが―――――」


 太陽が漫画を千絵に返還しよとするが、千絵は頬を膨らましながらに太陽を睨みつけ。


「人の気持ちを察せれない鈍感な太陽君に色々言われる筋合いはなーい!」


 強引に参考書を名乗らす少女漫画を太陽に押し付ける千絵。

 千絵は昔から強情はあったが、自分の趣味を押し付けるのは更に強くなるとは太陽も知らなかった。

 納得がいかずにバツの悪い表情の太陽だが、これでも僅かでも女心が分かるならと、無理やりに納得をして少女漫画を借りる事にした。


 

 

 夜も遅く、未成年の中学生がいつまでも友人の家に留まる訳にもいかずに、それ以上の恋愛相談は後日にという事で帰宅した。

 街灯が少なく薄暗い道を、太陽は全12巻の少女漫画を持ちながらに歩いた事で、ヘロヘロの状態でベットに寝転がる。

 風呂は丁度父が入浴していたから、太陽はその後に入る事にして、それまでの暇な時間は千絵から強引に渡された少女漫画を手に取る。


「『恋の振り子時計』……か。なんだかわけわからない名前だな」


 ファンタジーなどの少年向けの漫画は読むが、少女漫画は初めて読む太陽。

 名前だけでは内容は読めず、借りたからには後日聞かれた時の話合わせとして軽く読む程度はしようと、太陽は本を開く。


 千絵が貸した少女漫画『恋の振り子時計』の内容はこうだった。

 主人公でありヒロインの冴えない女子高生のA子と、イケメンで学校で人気者のB男が描く恋愛物語。

 A子とB男は小さい頃からの幼馴染で、若気の至りで結婚の約束をする程の仲だった。

 だけど、高校に上がる事にはB男は学校の人気者となって多くの人から慕われ、一方でA子は冴えなくB男への劣等感を感じて、2人は疎遠となってしまう。

 だが、A子はB男への好きって気持ちを忘れる事が出来ずに、A子は陰からB男を見ているだけだった。

 そんな中にB男の恋のライバルとなり得るC男の登場により物語は加速する。

 物語が進むにつれて、疎遠であったB男との関係も縮まりも、C男からのアプローチもあり、2人の男性に挟まれながらにA子は苦悩しながらに修羅場を乗り越えて成長をしていく。

 

 最初は少女漫画を馬鹿にしていた太陽だが、読んでいくにつれて漫画の世界に惹かれて没頭する。

部屋の外から母親の声が聞こえたが、漫画の続きが気になる太陽はそれを流して、呆れられた声が聞こえながらも太陽は読み続けた。

 2時間経ったぐらいの頃に、太陽は眼の疲れで一旦休み、本を置く。

 まだ本は半分程しか読んでないが、読んだ範囲で何かを思ったのか太陽は失笑する。


「なんだかこの話、もの凄い親近感を覚えるぜ」


 太陽が知る物語は、冴えない上に告白する勇気もない馬鹿な男子と、学校で人気者の女子の物語。

 千絵から借りた本とは性別が逆だが、何処か太陽と通ずるのを感じた。

 その為か、普通にファンタジー漫画を読む以上に物語に感情移入をしてしまったのか、気づかない内に太陽の頬に一筋の涙が流れていた。


「ほんとだよ……。最初は少女漫画を馬鹿にしてたけど、確かにこれは参考書だわ」


 漫画と現実は違うが、何処かそうあって欲しいと願う思いもある。

 それを求めて創作の世界に想いを馳せ参じるのだろうが、太陽は今まで読んだ漫画の中で、今回読んだ本が一番に想い入れを感じれた。

 千絵には感謝をしないといけないな、と太陽はメールを送ろうと携帯を開く。

 だが、学校から自宅までマナーモードにしていて気づかなかったが、携帯に不在着信が残っていた。

 その発信者は――――――


 太陽は感謝のメールを千絵に送る前に、その送り主に電話をする。


「……どうしたんだ、光?」


『どうしたとかじゃないよまったく。夜遅いのに全然家に帰って来ないんだからさ。おばさんが私の所に来て「うちの太陽来てない?」って心配してたんだから』


 開口一番に苦言を言ったのは隣の家に住む幼馴染の渡口光だった。

 光は帰りが遅い太陽を心配してか電話を入れていたらしい。


「あぁースマン。さっき母さんにも怒られたよ。学生が夜遅くまで出歩くなって。ついでに、今お前の電話に気づいたわ、出れなくて悪かったな」


『べーつにいいよ。けど、せめておばさんに電話ぐらい入れてよね。なにかあったのかって私も心配したんだから』


「……お前、俺の心配をしていたのか?」


 ジーンと何故か感涙しかけるのを我慢をする太陽の電話越しに咳払いを入れる光。


『それはそうだよ。一応は太陽とは幼馴染だしね。太陽になにかあったら私も嫌だから……』


 弱弱しく言う光の心情がよく分かる。

 本当に太陽の身に何があったのではと心配していたのだろう。


「本当に悪かった。少し用事があってな。まあ、お前が気にする事じゃねえよ」


『むぅ。気にするなって言われるとなんだか癪に障るね。まあ、いいけど』


「てかよ。俺が帰って来たのって案外前だが、部屋の電気が点いた時点で電話や部屋に来たりとかしないんだな?」


『……それは、ね。なんだか気まずいって思って』


 気まずい?と首を傾げる太陽だが、思い出す。

 色々あって忘れていたが、昨日太陽と光はちょっとしたいざこざを起こしていた。

 その所為で今朝は太陽は光に無視される事があったのだが、


「お前もそんな事気にするんだな」


『気にするよ! だって、今朝は太陽の事無視したし……ごめん』


「別に気にしてねえよ。俺だってたまにお前の事無視するし。お互い様ってことで」


『……なんかそれは容易に受け入れたくないんだけど? 太陽が前から私を避ける様になった事で小一時間ぐらいは話し合いたいんだけど?』


「いや、めんどくさい」


 なんで!? と携帯のボリュームは小さいはずなのに耳に響く程の声量。微かながらに隣の家からも同じ声が聞こえていた。

 太陽はクスクスと笑いながらに、今日思った事を話す。


「なあ、光」


『なに?』


 電話越しで声を荒げていた光だが、太陽の静かな声に少し驚いていた。

 そして、太陽は唾を呑みこみながらに短絡に語る。


「俺……頑張るよ」


 光に自分の想いを伝えられるように。


『ん? それってどういう意味? 頑張って……勉強のこと? そう言えば近々中間試験があるから、太陽、ちゃんと勉強はしてよね」


 光は太陽の心情を知る由もなくに勘違いをしている。

 だが、今はそれでいい。


「ハハッ。そうだな。マジで頑張らないと」


『んー。なんで今それを言うのかは分からないけど。幼馴染として応援はしてあげるよ。頑張ってね』


「おう。ありがとよ。じゃあ、おやすみ、光」


『おやすみ、太陽』


 近くにいるようで遠く、遠くにいるようで近いあやふやな関係。

 だが、この距離をいつかは縮めたい。太陽はそう思いながら、光との通話を切った。

 

 

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