過去編 千絵の部屋

 夕飯時に千絵の自宅に訪れた太陽。

 あの後、太陽は千絵が夕飯を食べ終えるまで外で待機。

 暫くして千絵は太陽を家の中へと招き入れる。だが、何故かその時千絵は運動後の様に汗を掻いていた。

 その事を一々尋ねる必要もないと思った太陽は流して、千絵の案内で千絵の自室に入る。

 

 太陽が最後に千絵の部屋に訪れたのは、小学生以来だろう。

 千絵の家は太陽、光との家の距離が遠く、殆ど千絵が2人のどちらかの家に尋ねて来て遊ぶことが多かった。

 

 小学生から中学生に上がり、身も心も様変わりしたのか。

 昔はぬいぐるみ類が所々に飾っていたが、それを少女の部屋というなら、今の千絵の部屋は女性の部屋と言えるだろう。

 本棚には漫画類が多いが、太陽が読めば眠くなるような難しい本もあり。

 ぬいぐるみも多少はあるが、物が少ないって印象だ。

 

 太陽の連絡なしの訪問に多少の面倒くさそうな顔の千絵だが、太陽がそうするのは余程の事ではないと察しているのか、勉強机の前にある椅子に座り、千絵が太陽に尋ねる。


「それで? いきなりどうしたの? 昨日と今日で突然に光ちゃんに告白したいって。昨日なんか、光ちゃんには告白しないって頑固に答えていたのに」


 頬杖を突きながらに率直に聞いて来る。

 太陽は少し息を詰まらすが、呼吸を整えてゆっくり話す。


「その事に関しては忘れてくれ……。けど、千絵、俺分かったんだ。お前の言う通り、このまま光に対する想いから逃げてれば、いつか後悔するって」

 

 太陽は、光がクラスメイトに告白される現場の光景を思い返しながら、光が告白された件は話さずに、感じた想いを千絵に述べる。

 太陽は幼馴染という関係に甘えて、勇気を振り絞らずに気持ちから逃げていた。

 だが、時が進むにつれて、人の気持ちは変化する。そうなれば、光もいつかは太陽の傍から離れていく。

 そうなる前に、否、そうならない様に、太陽は一歩踏み出そうと決心をした。


 その想いを真摯な表情で千絵に伝えた太陽に、千絵は肺に溜まった空気を全て吐き出す様な、長いため息を吐いた後に、軽く後ろ髪を掻き。


「昨日と今日でなんでそう思ったのかは、無粋だから聞かないけど……太陽君、決心はついたんだね」


「あぁ」


 即答に太陽は頷く。

 その回答に千絵は少し寂し気な瞳になるが、瞬きをして消す。

 そして暫し考えたこんだ後に、うんと頷き。


「分かった。太陽君がそこまで言うんだったら、身から出た錆だからね。不肖、この高見沢千絵さんが、太陽君の恋を成就するお手伝いをしてしんぜよう」


 若干に茶目っ気にポンと胸を打つ千絵に、太陽は微笑をして。


「いつもありがとな、千絵」


「全然いいよ。私と太陽君の仲だもんね。やっぱり恋を実らすのが一番の幸せだから」


 ニシシッと笑う千絵だが「あっ、けど」と言葉を続けた。


「私が手伝うんだから、絶対に成就させてよ? じゃないと、背骨一本逝っとくね?」


 それは太陽の頑張りで全てがどうこうなるのかと内心に突っ込む。

 結局太陽1人が頑張っても、光の気持ちが自分に向いていないと意味がないのでは?

 そう思う太陽だが、縋れる相手がいるだけでも嬉しい限りで、分かったよ……と頷く。


「(……けど、気のせいか? なんか今の千絵、少し違和感が……。なんか何処か寂しそうな……。あぁ、そうか。もし俺と光が付き合う事があれば、仲間外れをされないかと心配なのか?)」


 太陽と光の間が進展すれば、恐らく2人は2人の時間で過ごす事になるだろう。

 そうなれば、竹馬の友である千絵とは遊ぶことがなるなるのでは……。

 千絵の寂しげな表情はそれなのではと思った太陽はは、心配するなと笑い。


「大丈夫だよ、千絵。俺とお前はいつまでも友達だ。絶対にお前を仲間外れにはしない」


「ん? なにを言っているのかは分からないけど、……友達、ね……」


 その単語に何かを思ったのか千絵は少し顔を沈ませる。

 だが、まるで靄を払拭する様に顔を挙げた千絵は元気に頷き。


「そうだよね。私たちはずっと友達だもんね。だから友達として、私が精一杯に太陽君のサポートをするよ」

 

 千絵の元気が取り戻した所で、本題に入る前に、千絵は少し気になった事を聞く。


「そう言えば今日。なんか太陽君と光ちゃん、何処かよそよそしかったよね? 太陽君も元気がなさそうだったし、私、挨拶無視されたし。なにかあったの?」


 太陽はビクッと身を跳ねる。

 信也も言っていたが、今日の太陽は少し思い悩んでいた。

 それが原因で今朝千絵が太陽に挨拶をしたのだが、太陽は気付かずに無視してしまった。

 

「うぅ……それ、言わなきゃいけないのか?」


 それ以上の有無は言わせないとばかりの迫力で無言で睨む千絵。

 太陽は千絵に圧倒され、冷や汗を流して萎縮をし。


「……分かったよ。言えばいいんだろ……」


 半ば諦めた感じで話す事を了承する太陽。

 千絵の無言の圧力は凄まじい、思わず全てを吐いてしまう程に……。

 

 太陽は千絵の威圧に負けて、渋々と昨夜の事を話す。

 光が太陽に、学校の人気者の男子に告白をされ、その事で自分に相談しに来たことを。

 それに太陽が適当に返してしまった事を……。

 そして、光がそれに怒ってか、今日のぎこちない態度になってしまった事を……。


 全て話し終えた所で、千絵が体を震わし、額の青筋をピクピク痙攣させる。


「ち、千絵さん……?」


 完全に怒っている。太陽はそう直感する。

 怒り浸透と思われる千絵の鋭い瞳が太陽を貫き、千絵はクイクイと指で下を差す。


「……太陽君。そこに座ってくれるかな?」


「い、いや……もう座っているんだが?」


 太陽は千絵の部屋に入室した直後に床に胡坐で座っている。

 だが、千絵は太陽をゴミを観るかの様な冷徹な眼で。


「それぐらいわかってるよ……。私が言いたいのは、さっさと正座しやがれって事だよ!」


 口調を荒げて怒号を飛ばす千絵に、太陽は反射的に正座をする。

 千絵が声を荒げる事は珍しく、思わず正座をした太陽に、千絵は部屋のクローゼットに仕舞う思い出箱らしき箱からプラスチック製のバットを取り出す。

 

 千絵は太陽の前に立ち、すぅーっと大きく息を吸い込み。


「――――――この、バカ太陽君がぁああああああ!」


「痛っぁあ!」


 息を吐くや、大きく振りかぶったプラスチック製のバットが太陽の頬をクリーンヒット。

 ばこッ!とプラスチック製のバットは凹み、その衝撃を浴びた太陽は床に伏せる。

 太陽は殴られた部分を摩りながら、起き上がり。


「いきなりなにするんだよ千絵! つか、なんだよそのバット!?」


「懐かしいでしょ! 伝家の宝刀のホームランバット! このバットで何回もチームを勝利に導いたからね!」


「そうだな、うん、そんなのあったな! てか、ホームラン打ってたのお前じゃなくて光だからな!? おまえ、毎回三振だっただろうが!」


 記憶を捏造してたことを指摘する太陽に、千絵は頬を隠してバットを薙いで一蹴する。


「う、うるさい! 女心も分かってない唐変木のバカ太陽君!  太陽君の心はガラクタですか? ゴミですか!?」


「お前……自分で悪いと思っているから、そこまで言わなくてもいいだろうが! しまいには泣くぞ!?」


「いーや! 全然言い足りないね! 唐変木のバカ太陽君改め人間の底辺屑の極馬鹿太陽君に改名だ! だから色々とお仕置きをしないとね!」


「いたたたたたたっ! ギブ! ギブ! マジでギブ!」


 痛罵され更には逆エビ反り固めの折檻が始まる。

 手加減無用なのか、骨が少し軋む程に技が決っている。

 太陽はギブアップと床を叩くが、その訴えが千絵の耳には届かず。


「本当に太陽君はなーんにも分かってないね! 普通、女の子が相談とかしてくれば、相手に対して何かしらの気持ちを持っているってことだよ! それに気づかないとか、唐変木で人間の底辺の下の下の下の下の下のボケバカカスの屑人間!」

 

「ぬぐゃあああああ! なんか、俺の評価が臨界点突破してないか!? てか、マジで折れる、折れるから! 一生残る傷になるから!?」


 太陽は何度も床を叩くが千絵は力を緩めず。


「大丈夫! もし腰が折れて動けなくなっても、私が責任取って一生看護してあげるから。だから安心して下半身不随になれ!」


「いやいやいやいや! 何処にも安心できる要素ないし。なにそのヤンデレ発言!? 恐いんだけど! てか、俺だっていつもやられる訳にはいかねえんだよ!」


 元々力のみなら太陽は千絵に負けていない。

 相手が女だから素直に叱責と折檻を受けているが、太陽も抵抗をすれば防げるのだ。

 腰を決められて尚、太陽が力を込めて上体を揺らした事で、バランスを崩した千絵は「きゃあ!?」と可愛い悲鳴を上げて床に倒れる。


 千絵から解放された太陽は、日頃の意趣返しとして千絵に覆い被り。


「日頃の恨みだ!」


 と言って、千絵の脇腹をくすぐる。


「きゃはははは! ちょ、私脇とか苦手で! ひっ! ちょっとやめてよ!」


 ジタバタと抵抗する千絵に更に追い打ちと太陽はくすぐる指を加速させる。

 

 現在は日も暮れた夜。

 静寂な時間にドタバタとした音と騒ぎ声に、流石に住人である家族が黙っている訳がない。

 コンコンと、ノック音が部屋の外から聞こえ、返答を聞かずに部屋の扉が開かれる。


「おーい、お前ら。今時間も遅いから静かに、な……」


 注意の為に部屋を訪れた男性は千絵の兄の高見沢家次男、高見沢百富もとむ

 百富は部屋の光景を見るなりに硬直する。


 客観的に見ればどうだろう。


 部屋の中には男女2人。

 その男女が、男が女へと覆いかぶさっている。

 2人は息は少し乱れ、服も乱れ、汗を流している。

 

 客観的に見れば、完全に事の最中ではと思う。

 気まずい空気が流れ、次男の百富は小さく会釈をして。


「ご、ごゆっくり……」


 きぃーと切ない扉の音を鳴らしながらに、ガチャンと部屋の扉は閉められる。

 暫しの静寂、時間にして5秒もないだろう。

 その時間が経つと、部屋の外から忙しない足音が響き。


十也とおや兄さん! 俺たちに、もしかしたら義弟が出来るかもしれない! しかも姪か甥も!」


「なに!? マジか!? じゃあ、今から赤飯炊かないとな!」


 百富とは別の男性の声、この声は高見沢家の長男高見沢十也の声だ。

 百富は太陽と千絵が事をしたのだと勘違いをして、弟が欲しいと思っていた百富は歓喜の声を鳴らす。

 長男の十也もそれに便乗して冗談か本気か分からないが、祝いをしないと言っている。


 その声にハッと我に返り覚醒した千絵は、覆う太陽を押し退けて部屋を飛び出し。


「なに変な勘違いしてるんだ、バカ兄さんたちぃいい!」

 

 誤解を解くのに暫しの時間が必要だった。

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