過去編 幼馴染

ーーー3年前ーーー



 照り付ける日差しが肌を焼き、熱気の籠る気温で汗を流し、流れ落ちる汗が煌びやかに光る校庭。

 初夏が過ぎ、夏の本番を迎える今日この頃。


 午前の退屈な授業を終え、昼休みで浮足立った生徒たちが各々食事や雑談をする喧噪な教室で。

 鹿原中学2年古坂太陽は、オープンされた窓からの風を受けながら、壁に凭れて外の風景を眺めていた。


 正確に言えば、校庭を元気一杯に走るの一人の女性だった。


 前年よりも高い気温にも負けずの旺盛な振る舞いで、先に弁当を食べ終え校庭でサッカーをする男子に交じりながら一心不乱にボールを蹴る女性。

 彼女の容姿を説明するなら、肩ギリギリまで伸びた毛先が癖毛の亜麻色の髪に、身長は女子中学生の平均を少し超えた、スタイルは未熟成であるが将来に期待が持てる。

 顔立ちが整って、世間的に美少女の女性の名は渡口光。

 太陽が通っている中学で最近話題になっている女子生徒。

 

 成績優秀、容姿端麗、誰とでも隔てなく会話のできる協調性をかけ持つ完璧な女性。

 彼女は当校の陸上部に所属をしており。

 今年の陸上の大会で惜しくも準優勝ではあるが好成績を残し、来年は全国大会を狙える最有力候補に名乗り上げた選手でもある。

 

 そんな女性は、男子生徒からのボールのパスを胸でトラップをして。


「よし、渡口、行けぇえ!」


「りょーかいッ! シュートッ!」


 パスを貰って足を大きく振りかぶる。

 キーパーは当校のサッカー部のレギュラーであるキーパなのだが。

 そんなキーパーの指にも掠りもしない、ゴールポストギリギリのコースにキレたシュートを放つ渡口。

 

 そんなサッカー部顔負けのゴールを決めた事に周りから多大な歓声が起き、渡口はハニカミながらピースをする―――――校舎2階にいる太陽に向けて。


「うげっ!? 見てたのバレたのか!?」


 完全に彼女と目があった太陽は咄嗟に屈んで窓の影に隠れる。

 まるで屋敷に侵入をした忍者が物陰に息を潜める様に、口元を抑えて呼吸を殺す。

 そもそも太陽の所と渡口の所では距離があるのでする意味はないのだが、焦ったことでの咄嗟の行動らしい。


 客観的に見て不審な行動をする太陽に冷ややかな男性の声が。


「……お前、何してるんだ、太陽?」


「ふぁふぅんはぁひぃんふぁふぁ、ふぁんはぁ? ほぉへぇひぃふぁんふぁふぉひゅふぁ?」


「……うん、あぁ、まあ……まずは落ち着いて口から手を放せよ。喋れてねえからな?」


 男性の指摘に太陽は自身の口を押える手を退かす。

 そして改めて。


「なんだ居たのか 信也。全然気づかなかったぜ。お前影が薄いもんな」


「てめぇにだけ言われたくねえよ。窓から意中の相手を覗き見る、変態覗き魔野郎にはよ」


「誰が変態覗き魔野郎だ、おい」


 売り言葉に買い言葉と睨み合う二人。


 太陽と会話をするこの者の名は新田信也。

 太陽とは中学からの親友で、1年、2年と腐れ縁でか同じクラスメイトでもある。

 

 太陽よりも高い身長に、無所属にも関わらずにガッチリとしたガタイで、顔立ちもギリギリイケメンの分類に入る。

 

 一昔の不良が如くに睨みあう二人を見て、呆れ声の女性が割って入る。


「はいはーい。喧嘩しないでね~。友達はニッコリ仲良く――――じゃないと」


 女性は言いながら太陽の腹部に鋭い拳が入る。

 それより、太陽は「ふぐっ!」と呻き声を漏らしてお腹を押さえる。


「殴っちゃうよ?」


「……いや、もう殴られた後というか、なんで俺だけ……」


 お腹を押さえる太陽の前で何もされなかった信也は苦笑いを浮かばす。

 それに女性は腰に手を当てて答える。


「だって信也君は筋肉質で殴ったら痛そうだし。それに、太陽君は壊れた機械だから、殴れば治ると思って」


 男女共にイラつかせる仕草ランキングで上位に入りそうなてへっと舌を出してごめんアピールする女性に太陽は眉を轢くつかせる。


「てかそもそも。出てきて直ぐに殴るんじゃねえよ、千絵」


 太陽の胸より下ぐらいの小柄な身長に黒髪ロング、彼女自身「自分は地味女」と自嘲するが太陽からすれば可愛い分類に入る女性。

 名は高見沢千絵。

 太陽と信也とは違うクラスだが、昼休みだからとこちらに遊びに来たようだ。


「それにしても……。また太陽君は光ちゃんを覗き見しているの? そんなに気になるなら、直接に行けばいいのに」


「お前もな……。なんで俺があいつを覗いていることになるんだよ」


 やれやれと見当違いだと言わんばかりに額に手を当て首を振る。


「違うの?」


「当たり前だ。俺はただ青春に駆ける若者を眺めていたわけだ。断じて覗き見をしていたわけじゃない」


「なに、その天命間近のおじいちゃんが病室から若者を見ていたみたいな言い訳は……」


 太陽の苦し紛れな言い訳に呆れ顔の千絵。


「じゃあ太陽君に聞くけど。街角からこっそり眺める中年のおじさんが若い人を見て同じ台詞を言ったらどう思う?」


「なんだそれ変態じゃねえか。警察に通報だな」


「………それが千絵達が太陽君に向けてる目だよ……」


「俺が変態……だと!?」


 割とショックを受ける太陽に千絵は冷ややかな視線を送る中、信也は誰も座ってない椅子に座り。


「んで? 太陽はいつも見たいにあいつを見ていたようだが、気になるならお前も混ざってこればいいじゃねえか」


「だから。俺は別にそういうことで外を眺めていたわけじゃねえって。俺はただ、あーあいつら青春してるな~的な感じで眺めていただけだって」


「だから……。その青春を逃して後悔している人が青春している人を羨ましがっているみたいな台詞はやめてって……。太陽君もまだ若いんだからさ~。何事にも挑戦しようよ」


「お前こそ、先生みたいなこと言って、お前の説教は耳にタコだよ」


 グヌヌと睨みあう二人。

 太陽と千絵は小学生の頃から同じ学校に通い、太陽からすれば千絵は素直に心を開ける数少ない人物だ。

 

「あーはいはい。仲睦まじいのはいいから、本題に戻ろうぜ」


 睨みあう二人の間に入り、呆れながらも仲裁する信也。

 彼に止められ、二人はフンと露骨に鼻を鳴らして顔を逸らす。


「てかさ、太陽君。そんなに光ちゃんの事が気になるなら告白すればいいじゃん」


「あぁー、はいはい。分かった分かった、お前は俺が光の事を好きって前提で進めるんだな、もうそれでいいよ。……んで? なんで告白するって話が出てくるんだよ」


 投げやりに聞き返す太陽だが、千絵は窓から見れる今でも活発に走り回る光を見て。


「だって、太陽君と光ちゃんは昔からの”幼馴染”なんだからさ。好きなんでしょ、光ちゃんのこと」


 ここで嫌味の一つでも言おうとするが、千絵の真剣な眼差しに言葉を飲み込み。

 太陽は嘆息しながら、後ろ髪を掻き。


「冗談言うんじゃねえよ、千絵。確かに俺とあいつは幼馴染だが。今では学校中の話題の陽キャの光と、教室の隅でこんな風に特定の奴と談話する陰キャの俺とでは、天と地の不釣り合いだろ。そもそも俺たちが幼馴染ってこと自体が、あいつからすればイメージダウンになるってのによ」


 自虐を交えながら事の現状を語る太陽。

 

 太陽の口にするように、古坂太陽と渡口光が幼馴染だという事実を知る者は少ない。

 太陽が必死に隠して来た事が原因でもあり。

 1年の頃は太陽は幼馴染である光とそれなりに会話をしていたが、2年に上がる頃には学校内で殆ど会話をする事は無くなっていた。


「それによ。今では男子からのモテモテで選りすぐりができるあいつが、成績、容姿と平凡の俺と付き合うはずがねえだろ。もし仮に俺が告白したところで振られるのがオチだよ」


 内心泣きかけるもケラケラと笑う太陽。

 そんな彼を千絵と信也は冷ややかな視線で見ていた。


「どうしたんだ二人して? そんなバカを見る様な目で俺を見て?」


「いやー。ここまで鈍感クソ野郎だと逆に清々しいと言うか」


「本当だ。ここまでくると、ふざけるな鈍感野郎と怒る気力もなくなるな……」


 頭を抱えて逆の意味で感嘆の息を零す二人。

 そんな二人の言葉の意味が分からず太陽は首を傾げるだけだった。

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