4章

ファミレスにて

 時間が過ぎ下校時刻。

 教室を出た太陽は御影と合流して学校から少し離れたファミレスに立ち寄った2人。

 ウェイトレスに案内されて店内の角隅の4人用席に向き合う様に座る。

 

「そう言えば私、学校帰りにファミレス寄るってのは初めてですね。なんか無性にワクワクします」


 御影は置かれたメニューを開いて浮かれ気分。

 頬杖を付く太陽は呆れ顔で言う。


「おい。別に料理を頼むのは勝手だが。ここに来た目的は覚えているよな?」


 確認する太陽にメニュー表から顔を覗かせる御影は頷き。


「分かってますよ。けど、店に入ったのに何も頼まない冷やかし行為は店側に失礼ですから、何かしら頼まないといけません。それに今食べれば夕食は要らなくなりますから。あっ、古坂さんも何かしら頼んでいいですよ、私奢りますから。こう見えてスポーツ誌の取材とかでお金とか貰ってますので」


 さりげなく私お金持ってますよアピールされてイラっと来たが、奢ってくれるのならお言葉に甘えてとメニュー表を取る太陽。

 ファミレスに来たのは太陽が今まで隠していた過去を御影に話す為。

 外で話すのも良かったのだが、出来れば屋内の方が良いという事でファミレスで話す事に。


 太陽は定番のハンバーグ定食を、御影はデミグラスオムライスとミートパスタの2つ、そしてドリンクバーを2人分頼み。

 各々が飲み物を注いで来て席に座ると会話が始まる。


「それで? 単刀直入に尋ねますが。私が中学時代に、あの陸上の全国大会の競技場で出会った男性……それは古坂さん、貴方で間違いはない、であってますか?」


 率直に尋ねる御影に太陽はストローで注いできたメロンソーダを飲んでから頷き。


「あぁ、そうだ。黙ってて悪かったが、俺はお前と中学の頃に会っている」


 もう隠す必要も隠せる事も出来ないからと太陽は正直に答える。

 すると、人形の糸が切れたかの様に机にうつ伏せで倒れ込む御影。


「お、おい……どうしたんだ晴峰……。もしかして、お前が再会を願っていた相手が俺だったって事でショックを受けたとかじゃねえだろうな?」


「い、いえ……別にショックだったとかではありませんが……。過去の自分の発言を思い出して顔を合わせられなくなっただけです……」


 顔をうつ伏してはいるが頬から確認できる限りに真っ赤に紅潮している。

 過去とはいつの事なのかは分からないが、覚えている限りに太陽は御影が自らの発言を恥じらう場面は……。


『私は最低な女かもしれません。相手には最愛の恋人がいるにも関わらず、私は、彼女持ちの人を好きになってしまったかもしれないですから』


『私は渡口光さんが羨ましいとさえ、思ってしまいました。だから、今でも彼女と仲良くしているかもしれない彼を見るとなれば、少し辛いと思ってしまうんです』


『恋のピストルが鳴ったら、私は全力で走ってみせます。全力疾走は、私の得意分野ですから』


 この言葉は御影がこの土地に来て、太陽と初めて出会った時の土手で会話した時の言葉。

 この言葉は目の前の太陽ではなく、名前も知らないうろ覚えの顔の過去の太陽に向けて。

 直球ではないが、捉え方をすればその時の太陽に対して少なからずの好意を抱いていると思える。

 

 そう考えると自然と太陽の顔も熱くなり、2人の間に気まずい空気が流れる。

 

 体感時間でどれくらい静かになったのか分からないが、静寂を切り捨てる様に御影はグラスが揺れる程の振動をテーブルに与え。


「そもそも! なんで貴方は渡口さんに振られているんですか!? チラッと見た感じですと、物凄くラブラブだったのに!」


「俺に聞くなよ! こっちは振られた立場で、原因もあまり知らねえんだから!」


 互いの羞恥を誤魔化す様にいがみ合う太陽と御影。

 店の隅の席とはいえ、夕飯間近の時間帯故に客数もそこそこいる。

 そんな中で大声を張り上げられば注目の的になり、2人もその事に気づき、周りに一礼して謝罪をした後、冷静に声を潜める。

 

「本当に思い当たる節とかないんですか? 古坂さんは優しい方ですので、その優しさを無作為にばら撒いて渡口さんの癇に触れさせたとか?」


「俺を手当たり次第に女性をナンパする軽い男みたいな風に言うなよ」


「いえ。合コンとかによく参加して連絡先を交換するので一概にも軽い男ではないと否定できませんが?」


 返す言葉が見つからずに太陽は完敗。

 最初に出会った時に色々と赤裸々に自分の現状を語った所為で痛い所を突かれる。

 バツの悪い顔で髪を掻く太陽は椅子に深くもたれかけ。


「本当に俺は知らねえよ。中学最後の卒業式の日に、突然呼び出されたかといえば、いきなり『好きな人が出来たらから別れて』って言われたんだからよ。その時までそんな影を一切見せなかったのに、俺だって正直今でも納得はしてねえから」


 辛い記憶を呼び起こして胸が痛くなるのを我慢する太陽を前に、御影は顎に手を当て一考する。


「好きな人が出来た、ですか……。別れる言葉としての常套句みたいですが、誠実そうな渡口さんがそんな事言って別れたんですね……正直意外です。その渡口さんが好きになったかもしれない相手に心当たりはあるんですか?」


 御影の質問に少々うんざりする太陽だが、改めて振り返り。


「あいつは中学の頃から滅茶苦茶モテてたからな。同学年一のイケメンだったり、運動部のエースだったり、クラスのムードメーカーだったりとな。色々な奴から告白されたって噂があるぐらい、あいつを狙う奴が多かったから正直絞り込めねえな」


 太陽は天井を仰ぎ、シーリングファンを眺めながらに思う。


「(……だが、俺があいつと別れて直ぐにあいつと一緒に歩いていたのは……)」


 1人心当たりのある人物がいるが、あまり思いたくない、当然口にするのも。

 そもそも学年が違うから名前も知らないが、光とは深い関わりのある人物。


 太陽が心中でそんな事を考えているとは露知らずに、疑惑のある人物多数の為にお手上げという太陽の言葉の中に1つ気になった部分があるのか、御影はグラスのオレンジジュースを飲み干し尋ねる。


「中学の頃”から”モテてたってのは、小学生の頃はどうだったんですか? 渡口さん、小学生の頃からも可愛いと思ってましたが」


 何故その部分が気になるのか思わず失笑してしまいそうになったが、カラカラ笑った太陽は答える。


「まぁぶっちゃけ。あいつは小学生の頃はあまりモテてなかったよ。正確に言えば、小6ぐらいの頃から前兆はあったが、あいつのモテ期到来は中学に入ってからだ。あいつが小学生の中盤までのあだ名がなんか知りたいか?」


 突拍子もない申し出に御影は戸惑い「え、あ、はい」と返答する。

 太陽は面白がってか笑いながら少し間を空けて光の小学時代のあだ名を口にする。


「男女のヒカリ君。それが、あいつの小学時代のあだ名だ」


 変哲も面白みのないあだ名に、御影は反応に困ると露骨に顔に表らす。

 御影も伊達に転校してから短期間で学校に馴染む程のコミュ力を有する者。

 会話が途切れない様に、相手を尊重して会話を続ける。


「男女のヒカリ君……って、聞けば男勝りだったって事ですか? 昔の渡口さんは」


「そうだ。あいつは女子と遊ぶよりも男子と外で遊ぶ方が多かったし、喧嘩っ早くてな。マジで一時期は本当は男なんじゃないかって疑惑を持たれてたぐらいだ。短髪で男服って恰好もしていたし」


「なんだか、今の渡口さんのイメージとかけ離れてますね。喧嘩っ早い所や男の子みたいな恰好だった事とか」


「そうだな。よくは分からないが、ある時期からいきなりそれらを止めたんだよあいつは。俺たちの小学校の頃は私服で登校だったんだが、昨日まで男服で登校していた奴が、突然にスカートだったりの女の服で来たもんだから、クラス全員が驚いたのは今でも覚えている」


 あの時の受けた衝撃を未だに覚えている太陽に胡乱な眼を向けている御影の視線に気づき。


「……なんだよその眼は」


「いーえ、別になんでもありません。ただ、人が変わるのは何かしらの切っ掛けがないとありえませんので。もしかしたらと思いまして、それに」


 頬杖を突く御影は半眼で太陽を見据えて言う。


「なんだか少し楽しそうに話しますね。話題の相手は嫌い嫌いと言っている渡口さん元カノさんなのに」


 自分の顔は分からないモノ。

 無意識でか、昔の事を語る事で表情が少し緩んでいたのか咄嗟に自分の顔を触る太陽。

 太陽は誤魔化す様に軽くテーブルを叩き。


「別に楽しいなんて思ってねえよ。俺はただ、あの時の滑稽な光景で思い出し笑いをしていただけだ」


 ふーん?と生返事をする御影は小さく息を吐き。


「まっ、そう言う事にしておいてあげますよ」


 素っ気なく返されバツの悪い太陽だが、ここで注文していた料理がテーブルに運ばれる。

 料理を運んで来たのは注文を受けた店員とは別の者で、運んで来た時に自然な流れで太陽男側の方にハンバーグ定食とオムライスをを並べ、御影女側の方に軽めのミートスパゲティを置き。

 店員が去った後、太陽は御影の方にオムライスを渡して、切られた所から会話を再開する。


「そもそもこんな話をするためだけにファミレスに来たのか? 奢られている立場で言う事じゃねえが、これぐらいなら別に外でも」


「何を言いますか古坂さん。この程度で話を終わらす訳ないじゃないですか。私、隠されていた事に対して案外怒っているのですが?」


 細めで睨む御影に身を竦み上げる太陽は小さく頭を垂れ。


「い、いや……確かに隠していたのは悪かったが、なんというか……言い出せなかったというか……」


「大体の心情は察しています。前の渡口さんの件の時と同じですよね? あの時も期待に胸を膨らます私の気持ちを察して話しづらかったって事でしたが、今回の件はあの時よりも質が悪いと思います。だって、古坂さんご本人が知らないフリをしていたのですから」

 

 食事に手を付けずに頬杖を突いて微笑する御影だが、微かにその表情から怒気を感じる。

 前に怪我を理由に退部した光の事を太陽は御影に言えずに隠していた。

 理由は御影が光をライバル視をして、いつか再戦を心待ちしていたから、そのライバルが怪我をして陸上を辞めたとは言い出せづらかった。

 結局、本人である光の口から陸上を辞めたと聞き事実を知った御影だが、今回のは違う。

 

 光の場合は本人がひた隠しにしていた訳ではない。

 だが、太陽の場合は自分自身が御影に事実を隠していたのだから。


「……まっ、私も昔の古坂さんの顔を忘れていたのですから、完全に古坂さんのみに非がある訳でないのですが……」


 御影は太陽の頭の頂点からテーブルで隠れるお腹までの部分を見た後にこめかみを引くつかせ。


「けど、そもそも気づくわけないですよ! あの時の古坂さんって黒髪で地味な印象だったのに、なんで金髪にしているのですか!」


「その理由は前に話しただろうが!?」


「えぇ! 覚えていますよ! 彼女さんに振られたからイメチェンしたって! なんですか、女子ですか! 髪色変えて気持ちを切り替えてって! ふざけないでください。あの頃の古坂さんを返してください!」


「うるせぇえ! これが今の俺だ! てか、あの頃ってお前と昔に会ったのは5分もないだろうが!」


 再びいがみ合う2人。

 そして気づく周りからの冷たい視線。

 今度は店員から今度騒いだら出て行って貰いますと注意を受けて静かになる2人。


「ホント……私の中で少しばかり美化し過ぎたのかもしれませんね」


 はぁ……と重苦しいため息を吐く御影に眉根を寄せる太陽だが、売り言葉に買い言葉をすれば面倒だと諦め。


「あーはいはい、失望しとけ失望しとけ。んで? これでこの話題は終了か? 正直俺はあまり話したくないんだが?」


 頬杖を突きながら外を眺める御影にそう言うと、彼女からジト目で見られ。


「なわけありませんよ。私からすればここからが本題です」


 頬杖を止めて真正面で太陽と向き合う御影に太陽は身じろぐと、そんな太陽にビシッと指で差し。


「朝言いましたよね。言及しますって。古坂さんがそうなるまでの経緯や、渡口さん達と過ごした過去を、洗いざらい話して貰います」


 陳腐な申し出に太陽は目を点にするが、御影の目は真剣そのもの。

 太陽は苦笑をして確認の為に尋ねる。


「なんでそんな話を聞きたいんだ? 別に話すのは……正直嫌だが。面白い話って訳でもないぞ?」


 太陽の聞き返しに御影は上を向いて指で顎をトントンと叩きながらに答える。


「そうですね……言ってしまえば、敵情聴取でしょうか?」


 更に訳分からないと首を捻る太陽だが、このままうやむやにすれば後から面倒だと直感してか、氷が溶けて水っぽい味に染まりつつあるメロンソーダを一飲みして。


「マジで面白くねえし。俺も正直忘れたいと思っているが、恥ずかしくて正体を隠していた罪滅ぼしってんなら、話してやるよ―――――俺とあいつの恋愛話を」

 

 

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