波乱の幕開け

 大型連休であるGWも終わり久しぶりの登校日。

 

 折角の連休も部活動の助っ人で参加した太陽だったが、途中で風邪を引いて早退。

 風邪自体は2日安静に過ごした事で治ったが、残りの休暇は特にやる事もなく無駄に過ごし、合宿以外で思い出に残る事がない日常で終えたGW。

 太陽は連休特有の気怠さを背負いながら学校に登校。


 GW期間中に信也と千絵から連絡があった。

 太陽だけでなく光も熱を出して早退した所為で、2人が抜けた穴が大きく大変だったと。

 残った信也と千絵は太陽たちが早退後の2日間は頑張ったらしく、勿論下級生も手伝った事。

 残りの合宿は夏風邪から復活した本来の陸上部マネージャーたちが途中参加をしてバトンタッチして帰宅したらしく。

 

 その後は連絡は無かったが、各々が残りの連休を過ごしたであろう。

 そんなGWを経て学校付近に辿り着いた太陽だったが大きな欠伸をしながら校門を通ろうとした時、


「おはようございます古坂さん」


 背後から声を掛けて来たのは、陸上部期待の転校生晴峰御影。

 

「おう、おはようさん晴峰。悪かったな。合宿途中で早退して。折角、彼女が居なくて寂しく過ごすであろう俺を青春の思い出を作る為に誘ってくれたのによ」


 皮肉を込めながら肩を竦める太陽に御影は微笑して。


「別に構いませんよ。元々私が無理強いして誘ったんですから。風邪を引いてしまえば仕方ありません。身体の方はもう大丈夫なんですか?」


「まあな。元々大した風邪でもなかったし、二晩ぐらい安静にしてたら直ぐに完治したよ」


 それは良かったです。と胸を撫でおろす御影。

 彼女も太陽を合宿に助っ人として誘った手前、それが原因で身体を壊して負い目を感じてた様子。

 そもそも太陽が風邪を引いたのは自業自得な部分が多数な為に、御影が負い目を感じる必要はないのだが。


「それにしても、今あまり早い時間じゃないが、朝練とかなかったのか?」


「部活の方ではGW明けの初日は朝練含めてお休みなんです。私は古坂さんが教えてくれた運動場で朝練はしてきましたが」


 確かに匂いを嗅げば御影からシャンプーの芳醇な香りが鼻をくすぐる。

 朝練後にお風呂に入ったのか、年頃の娘故に体臭は特に人一倍気にするのか。


「役に立ってるなら教えた甲斐があったぜ。なんせお前は我が校の期待の星なんだからな。お前が鍛えられるなら出来る範囲で協力させてもらうよ」


 任せろと胸を叩く太陽を見て御影はクスリと面白げに微笑み。


「優しいのですね古坂さんは―――――昔と変わらず」


 ピクリと太陽の眉が動く。

 今、御影が何を言ったのか理解が追い付かずに硬直する。

 そんな固まる太陽を他所に御影は横を通り過ぎ。


「そう言えば、私高見沢さんとメールアドレスを交換してたんですよ。合宿で仲良くなりましたから。それで彼女に訊きましたが、渡口さんも風邪が治ったみたいです。良かったですね、彼女・ ・さんが重い病気にかからなくて」


「待て! あいつは俺の彼女じゃなくて元カノ―――――ッ!?」


 動揺してか何も考えずに勢いで答えてしまった口を手で塞ぐも遅かった。

 太陽は震えた目そそっと御影へと向けると、彼女は笑顔を浮かばせていた……が、目だけは笑っていなかった。


「正直、こんな簡単に口を滑らすなんて思いませんでしたが。不本意ながらに聞いてしまったんですよ。古坂さんと渡口さんが昔恋人であったってことを」


 鋭い目つきで太陽を捉える御影からいつもの天然な雰囲気は無かった。

 御影のみならず、太陽は意図して昔に光と恋人だったことを隠していた。

 その事実を知っているのは極少数で千絵と信也ぐらいしかいない。


 疑心だったのが確信に変わったのか、狼狽する太陽に御影は畳みかける。


「その反応からして、図星なんですね。どういう経緯で別れたのはかは知りませんが、渡口さんとは昔、恋人だったんですね……」


 御影は太陽が光と元とは言え恋人関係を結んでいた事は知らない。

 だが、太陽が大好きだった彼女に振られたという事実は知っている。

 あの河川敷で初めて2人が出会った時に色々と語り合ったから。


「渡口さんのこれまでの男性歴は知りませんが。あの人の性格からしてそんな尻軽には思えません……。そもそもよーく思い出してみれば―――――」


 御影は太陽の顔をじっと観察する。

 彼女の瞳に映るのは目の前の現在の太陽、そして、過去出会い自分を励ましてくれた名前も知らなき光の彼氏……つまり中学時代の太陽。

 2人の太陽の像を照らし合わせた時、御影はハッキリと思い出す。


「やっぱり……あの時の男性は、貴方、だったんですね……古坂さん」


 御影の真っすぐな瞳に思わず顔を逸らしてしまった太陽だが愚行だった。

 その反応がその事実を決定づけるモノだったから。


「合宿でその事を聞いた後から、私は気が気ではありませんでした……。練習の最中は忘れる事が出来ましたが、それ以外の時はずっと頭にへばりついて離れてくれず、私は今日まで苦悩し続けました」


 御影は速足で太陽との間合いを詰める。

 その距離は少し手を伸ばせば腹部に一撃を与えられる程。

 恐慌で唾を呑みこむ太陽は次の彼女の一行を待つ。

 

 隠して、ある意味騙していたのだから鉄拳制裁されても仕方のない事だと覚悟を決めて目を瞑る。

 ……だが、待てど暮らせど殴られる気配は無く、恐る恐ると目を開くと―――――涙目で口を噤む御影の顔が目に入る。

 

 は? と思いがけぬ顔変化に目を点にする太陽に御影は胸元を掴んで揺する。


「わ、私! 知らなかったとはいえ昔の古坂さんに対して色々と恥ずかしい事暴露してましたよね!? もしかして分かった上で黙ってたんですか!?」


「ちょ、ちょっと落ち着け! 酔う! 口を割る前に酔って違うのを吐いちまう!」


 ぐわんぐわんと揺らされ、三半規管を刺激して船酔い状態の太陽はストップをかけるが御影の耳に入らず。


「その事に関して言及を求めます――――――渡口さんのも・と・カ・レ・さん!」


 取り付く島も無い御影に今でも納得してもらうのは太陽は弱く頷き。


「はい……分かりました」


 何故だか分からないが。

 今後波乱が巻き起こるのではと不安を感じて仕方なかった。

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