過去編 劣等感

 千絵と信也から馬鹿を見る眼を向けられた太陽を他所に、千絵は校庭を駆ける光を一瞥して。


「太陽君からして、光ちゃんは変わった様に見えるかな?」


「ん? 質問の意味が分からないし、藪から棒にどうしたんだ?」


「いいから答えて」


 質問の意味が分からず聞き返すと千絵は間髪入れずに強引に問いただす。

 千絵は昔は大人しくて自分を尊重しない性格だったが、近年太陽に対して当たりが強い気がする。

 

 千絵の質問の意味を完全に理解せずまま、太陽は校庭を走る光と過去の光を照らし合わせ。


「うーん……変わったんじゃねえの? 昔の光は、今みたいに隔てなく人と接せられる程器用じゃなかったし。それに、見た目も小さい頃は少年と間違われる程だったから、今と昔のあいつでは全然違うだろ?」


 昔と今では容姿の違いを挙げる太陽に、千絵は嘆息を零し。


「私はその事を言ってるんじゃないんだけどな……。太陽君は昔から光ちゃんと一緒にいるのに、全然気づいてないんだね。光ちゃんが昔から何一つ変わってない、ある物に」


 ある物……と首を捻る太陽は、何か思いついたのか手槌を打ち。


「それってあれか。徐々に変化していって全く気付かない現象。アハ体験……だったか? それの逆バージョンか。 全然分からなかったぜ。で? あいつの何処が変わってないんだ? 髪色か髪型か?」


 キョロキョロと光を観察する太陽に千絵は先ほど以上に冷えた視線を送っていた。

 太陽もそれに気づき身を竦ませるとしょんぼりと頭を下げ。


「すまん……全然分からねえや、お手上げお手上げ。出題者様、答えを教えてください」


 両手を挙げて降参のポーズを取る太陽に千絵はべぇーと舌を出し。


「いやーだよ。それは自分で考えるんだね。この、鈍感系主人公君」


 結局答えを教えずに終わりモヤモヤとした気持ちだけが残るも、頑固な部分もある千絵は恐らく答えは教えないだろう。

 必死に光の変わらないモノを絞り出そうと一考するも答えに辿り着けず。

 苦悩する太陽に千絵は畳みかける様に尋ねる。


「太陽君って、光ちゃんの事が好きなんでしょ? いつ告白するの?」


 再三の千絵の尋ねに少々怫然な表情に変わる太陽はため息を吐き。


「まーたその話かよ。お前はどうしてそう、俺を光に告白させたがるんだ? あれか。影から振られる様を見て俺をからかいたいのか?」


 疑心暗鬼に陥れそうになり返す太陽に千絵は首を横に振り。


「太陽君をからかうのは私の生きがいみたいなもんだけど、流石に恋愛に対してそこまで意地悪になれないよ。ただ、今の太陽君を見ててイライラしているからかな?」


 真顔で言い返す千絵に恐怖感を覚えながら、千絵と目線を合わせられないままに太陽は先の質問に答える。


先刻さっきも言ったが、俺が告白した所で振られるのがオチだって。俺とあいつとでは釣り合ってねえだろ」


「それは直接本人から言われたの? 私と太陽君とでは釣り合わないから無理だって」


「いや……別に光本人からは言われてないが……。なんか今日の千絵、少し辛辣過ぎないか? 言い方とか態度とか」


「そう? 私には全然分からないや」


 可愛げに小首を傾げ怪訝そうにする千絵の反応から無自覚なのかもしれない。

 太陽は少し勘付いていた、何処か今日の千絵の様子が変だということを。

 いつもの千絵なら、『太陽君なら大丈夫だよ。絶対に上手く行くって』と根拠が無くとも相手を励ます言葉を投げかける気立ての良い性格なのだが。

 千絵自身も言った通りにイライラしているのか、その表れに、千絵は机を指で数度叩き。

 

「それで? 話を戻すけど。光ちゃんと不釣り合いっていう、その考えはただの太陽君の被害妄想だよね?」


「……確かに俺が勝手に考えた事だが、分かるじゃん普通に考えて。俺とあいつでは不釣り合いだってのは、誰がどう見たって」


「だから……。誰がだとか、不釣り合いとかじゃなくて、太陽君自身はどうなのって聞いてるの。太陽君の気持ちはどうなの? 光ちゃんの事が好きなんでしょ」


 不気味にもグイグイと言葉で迫る千絵に太陽は困惑する。

 千絵は太陽の何を引き出そうとしているのか、真相は分からないでいた。


 だが、千絵の言葉を聞いて太陽は思い返す。

 

 太陽は一度も幼馴染である光に想いを伝えようとした事がないと言えば嘘になる。

 幼い頃から、それは本当に物心のつく前から一緒に育った幼馴染。

 一緒に遊んだ、何度も喧嘩をした、だが、それと同じぐらいに仲直りをして絆を深めた、最も心の許せる存在。

 最初は親友ではなく、家族に近い感情を抱いていたが、いつの間にか太陽は光に対してそれ以上の感情を抱く様になっていた。

 

 そして、あの頃交わした約束を叶う事を願い、太陽は光を想い続けて来たが。


「……まっ、あいつはあの頃の約束なんて、とっくに忘れているだろうけどな」


「約束? 約束ってなんだ?」


 今までに太陽と千絵の会話を静聴していた信也が太陽のポロッと零した言葉を掬いあげて尋ねる。

 太陽は少々気恥ずかしそうに頬を掻いて答える。


「約束ってのは、俺とあいつが小さい頃に交わした思い出だ。小さい頃に光からお嫁さんにしてって言われた事があってな。当時の俺はかなり戸惑っていたのか、一旦その申し込みを断って、もっと大人になってから決断するって返したんだ。なのにあいつは引き下がらなくてな。なら大きくなってお互いに好きなら結婚するって約束をしたんだ」


 話して頬を熱くする太陽に信也は微笑して。


「へー? なんか、ちゃんと幼馴染してるじゃねえか。そんな漫画の王道みたいな事してるなら、十分に勝機はあるんじゃねえのか?」


「ガキの頃の約束だって言ってるだろ。思い出は色褪せていくものだ。俺がどんなに思ってようが、相手が忘れていれば意味がねえ。あいつからこの話題を出された事がねえから、恐らくってか、絶対にあいつは忘れてるんだと思うぜ」


 苦笑する太陽に信也はそれ以上何も言わなかった。

 信也との会話を切って、太陽はいつの間にか黙り込んでいた千絵に気づき。


「どうしたんだ千絵。先刻さっきから黙ったりしてよ?」


 何処か浮かない表情に千絵に太陽が呼びかけると、千絵は少し反応を遅らせ。


「…………ん? んん? どうしたのかな太陽君」


 ハッと我に返った様子の千絵は会話を聞いてなかったのか首を傾げる。

 太陽は突然に静かになった千絵を訝しながらに口にする。


「いや、どうしたのかなじゃなくてよ。いきなり黙ったりしたから声を掛けただけだ。体調でも悪いのか? 気分が悪いなら保健室に連れてってやるが」


「ううん。全然大丈夫だよ。少しぼーっとしていただけで身体の方はぴんぴんと。これでも医者を目指しているからね。自分の体調管理はしっかりしないとね。……で、なんの話をしていたんだっけ?」


 それとこれとは別でやはり会話を聞いていなかった千絵に太陽はコケる。

 半笑いの千絵を太陽は半眼で見た後にため息を吐き。


「大した話題じゃないから別にいいんだけどさ」


「太陽君と光ちゃんが昔交わした約束の事でしょ。知ってる知ってる、昔に何度も聞いてたから」


「……聞いてるんじゃねえかよ」


 今のやり取りはなんだったのかと内心吐露する太陽だが、千絵は両手で頬杖を付き。


「それにしてもロマンチックだよね~。幼馴染同士の約束って。少女漫画では王道、胸をドキドキさせる大イベントだよ。そんな、世間から爆発しろって言われるであろう約束をした太陽君。光ちゃんに告白しないの?」


「さらっと言うな。てか、何度目だよそれ。何度も返すが、俺が告白した所で人気者の光に振られるのがオチだって言ってるだろうが」


「太陽君なら大丈夫だと思うんだけどな……。太陽君と光ちゃんは互いの良い所も悪い所も全部知ってる、幼馴染なんだし」


「だ・か・ら。幼馴染=両想いってのはフィクションの中だけだ」


「けど、やっぱり幼馴染は恋愛面で大きなアドバンデージだと思うけどな。確かに光ちゃんは学校の男子の憧れの的だけど、その人たちは太陽君と比べると光ちゃんとの関わりは浅い。けど、太陽君と光ちゃんは一緒にお風呂に入ってた程の仲じゃん。なら、他の人よりも進んでるよ!」


「それいつの話だよ! てか、なんでお前が風呂の件その事を知ってるんだ!?」


「前に光ちゃんに聞いたから」


 太陽の疑問を短絡的に答えられ太陽は頭を抱える。

 光と千絵は小学生の低学年の頃から付き合いで、光が学校の人気者になった後も親交がある事に内心安堵する太陽だが、それでも赤裸々な過去を話されるのはいただけない。

 だが、ここで太陽が追及しても意味が無いからか、ここは気持ちを押さえて会話を続ける。


「けどな千絵。よく言うだろ? 幼馴染は昔から一緒に居過ぎた所為で相手を異性として感じられなくなるって。友人じゃなくて、どちらかと言えば、安心感を覚える家族の様なものだ。ま、これも漫画の受け売りだから、先刻のお前の発言と変わりはしねえがな」


 漫画での幼馴染が登場する恋愛話での王道は2つある。

 1つは、小さい頃に結婚の約束をした幼馴染同士が紆余曲折あって結ばれる。

 2つ目は、幼馴染としての関係が足枷となって、相手から異性として思われず、小さい頃から想い焦がれても、ポッと出のヒロインに相手を取られる。

 

 約束を交わした時点で太陽の場合は前者の方に足を踏み入れようとしているが、必ずとしてそれらが成就するわけでないと太陽は分かっている。

 

 幼馴染故の足枷が原因で、太陽は光から異性として見られてないのではと捉えられる言葉を吐露をすると、千絵が太陽から表情が窺えない角度に顔を俯かせ。


「……確かにそうかもしれないけど……。少なくとも私は、太陽君の事が……」


「ん? なにか言ったか千絵?」


 小さい声量で囁く千絵に太陽は呼びかける。

 彼女も無意識で呟いていたのか、顔を真っ赤に染めらせ、あわあわと大げさに手ぶりをして。


「な、なにも言ってないよ! 気にしないでいいから!」


 笑いながら誤魔化す千絵を太陽は怪訝そうに首を捻るが、それ以上は追及しなかった。

 そして千絵は自分の話題は良いと強引に切り捨て、太陽の方に詰め寄り。


「そんな事よりも太陽君。もし、光ちゃんに告白しようと決心した時は私に言って。この、太陽君と光ちゃんの親友である私が、ドドンと人肌脱いで2人の恋の架け橋になってあげる。胸を貸してあげるから頼ってね」

 

「…………………………」


「ん? どうしたの太陽君。なんか、私の一点を凝視して」


 太陽の視線は千絵のある部分を見ていた。

 その事に気づいた千絵は若干引き気味に尋ねると、太陽は残念そうに言う。


「んーいやな。確かに女子から人肌脱ぐとか胸を貸すとか言われるとドキッするが。千絵のその、真っ平らな胸を見てあまりドキドキしないというか――――――」


 バチィイイイイン!


 太陽が言い終わる前に甲高い音が教室の隅々までに響き渡る。

 

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