合宿編18
突然の豪雨に肝試しは中断。
強風が木の葉を薙ぎ、横薙ぎの飛雨が窓を打つ。
嵐を彷彿させる天候を横目に、濡れた身体をタオルで拭く太陽が言葉を零す。
「おいおい、めちゃくちゃ雨降ってるじゃねえかよ。こんな天気になるかもしれないってのに、なんで肝試しを決行しようと思ったんだ?」
「又聞きで聞いた話ですけど。先生が天気予報を確認した時の降水確率は50%だったみたいです。流石にここまで酷い雨が降るというのは予想外だったみたいですが……」
太陽と同様に濡れた髪をタオルで拭く御影が太陽に説明する。
予報で語られるのはあくまで確率だ。量は推測で外れる場合が多々ある。
しかも確率が低いからと言って絶対に降らないという保証はなく、今日の場合は半分の確率で降る事となる。
降ったとしても小降り程度を予想してたみたいだが、外れてここまでの豪雨とは思ってなかったらしい。
「しかも夕立とか通り雨とかじゃなくて、この雨は長く続くみたいだ。先程先生が確認したら予報が変っていて、少なくとも朝まで続くとか。もしかしたら、洪水警報や土砂災害も発令されるかもしれないな」
信也が窓を揺らす豪雨を見て予測する。
太陽たちの地元は山や森が多く。坂道も多い。
強い雨風があれば、土砂崩れも珍しくない。幸いにも洪水に見舞われたことは少ないが。
「まあ、このまま外に出なければ安全だろうし。この後は自由時間で時間を潰して寝れば雨も過ぎ去るだろうから気にしなくていいか」
雨風を凌げる室内にいて楽観的になる太陽を他所に、避難したロビーに集まる部員たちの前に講師陣が立ち。
「折角の肝試しだったが、この雨では続行は不可能だと判断して中止にする。濡れた身体をそのままにすると風邪を引く恐れがあるから、学年ごとに速やかに風呂に入れ、待つ者は応急処置で濡れた身体をタオルで拭いておくように。その後は就寝時間まで自由時間にする。勿論、外には出るなよ」
最もな講師陣の判断に、落胆する溜息が入り混じる中には、安堵を零す
やはりこの豪雨の中で肝試しを続行は不可能として、残りは自由となった。
ここで講師陣はある事を思い出して部員たちに言う。
「そうだった。一応全員揃っているか点呼を取るから、部屋ごとに集まってくれ」
急いで避難して各々の濡れた身体を拭くのに精一杯でまだ点呼を取っていなかったことに気づいたらしい。
殆どの部員たちはスタート地点の広場にいて、太陽と千絵を含む道の途中にいた組が4組の8名、ゴールの場所にいた組が6組の12名、そして脅かし役として隠れてたいたのが8名。
太陽は自分の部屋の者たちがいる場所に集まる。
そして太陽が1人1人数えていき、太陽を含めてしっかりと6人おり。
「おし。俺たちの班はちゃんと全員みたいだな。報告は俺が行って来てやるから。お前らは待ってろ」
「おう、頼むな太陽」
信也の言葉に押されて太陽は報告を待つ先生の許へと向かう。
「D班6名全員異常なしです」
「そうか。なら残りは自由時間だ。体調を崩さない様に気を付けろ」
分かりました、と太陽が返事をして振り返り班の許に向かおうとすると。
「ん? どうしたんだ千絵? キョロキョロして? 誰か探しているのか?」
目に入ったのは誰かを探してい辺りを見渡している千絵の姿。
太陽は思わず彼女に尋ねると、千絵は心配そうな目で太陽に尋ねる。
「ねえ太陽君……光ちゃんを見なかった?」
千絵の尋ねが光の事で一瞬眉根が反応したが、小さく息を吐き。
「あいつを? いーや、俺は見てないぜ」
「……そうか。
「腹でも下してトイレに引き篭もってるとかじゃねえのか?」
「太陽君……それ女性の事で言うとか最低だよ? ……まあ、そのことはどうでもいいか。けど、それならいいんだけど……」
千絵の視線に釣られて太陽もロビー一帯を見渡す。
班ごとの点呼を済ませて入浴の為に着替えを取りに行ったのか、先程よりも人の数は減っている。
残っているのは、講師からの指示を伝えていなくて待機する太陽の班、光の不在でまだ報告出来てない千絵の班、そして講師陣と女主将、肝試しで使用した道具を片付ける係員数名のみ。
だが、光の姿が何処にもいなかった。
千絵と太陽の許に御影が小走りで近づく。
「高見沢さん。一応部屋の方に行って見て来ましたが、やはり渡口さんはいませんでした」
疑うべき点を無くすために確認の為に御影は一度部屋に戻ってたみたいだ。
だが、やはりと言うか光は部屋にはいなかった様子。
そして今度は優菜がやって来る……が、その表情は険しくて慌てていた。
「ちょちょちょ! 今確認で光さんの靴を見て来ましたが、なかったです!」
「「嘘!?」」
驚愕の声を上げる千絵と御影。
優菜は全員の靴が入っている靴箱を確認して、靴の並びは部屋順になって決まっている。
だが、全員が覚えている光が入れていた靴箱に光の靴は無かった。
その事に女子全員の表情が真っ青になり、未だに強さが衰えない豪雨の外の眺め。
「えっとつまりは……まだ渡口さんは外にいるかもしれないってこと!?」
驚嘆の絶叫に流石の講師陣も口を出す。
「おい、今の話は本当か!? 渡口がまだ外にいるってのは!」
「あくまで憶測ですが、十中八九……」
千絵の悲痛などよめきが波紋を鳴らして全員に届く。
道具を片付けていた部員たちも作業を止めて集まって来る。
「なんで渡口さんが!? ペアを組んでいた人はなにしてたの!」
「確かに渡口は脅かし役だったはず。脅かし役は森の中で1人待機してたんじゃ……」
「そうです、私も脅かし役でしたので覚えています。脅かしの人たちの間隔は離れていて、光さんが待機していた場所は一番最後でした」
同じ脅かし役だったという女子の言葉に先生が顎に手を当て。
「肝試しで使用したルートは1本道だが、蛇の様にうねった道。その道を使わずとも、スタート地点とゴール地点は迂回路で繋がっている。だが、臨場感をより味わわせる為にその道をチョイスしたが……」
「しかも、幾つかの隠れられる場所は足場が悪い場所もありまして。その中でも最も足場の悪い場所に光さんが率先して隠れました。光さんが『ここで転んで部員の皆が怪我でもしたら危ないから、私が隠れるね』って言って……」
千絵が思い出す限りには確かに道は補装されてない獣道の様だった。
しかも道は森の中で、迂回路がある方と逆の方は完全に木しかない。
最悪の状況を想定するなら、光が迂回路がある方ではない方の茂みに隠れ、しかも雨で視界不良になって、足場の悪いという隠れた場所から森の中に行けば……迷う危険性は大だ。
「け、けど、脅かし役の人には懐中電灯とコンパスを渡しています。それを頼りにすれば戻って来られるはずです」
視界が悪い森の中で迷えば方角も狂い脱出口を見失う。
携帯などの貴重品はロッカーに預けている為、コンパスが現状で一番頼れる道具かもしれない。
だが、その希望を打ち砕く様に、道具を片付けていた長身の男子が口にする。
「え? だが、確か借りた懐中電灯は15本で、コンパスも15個だったよな?」
「うん。確かそうだったはずだよ」
肝試しで使用する道具を倉庫から出した際に個数を確認していたと思われるボブ髪の女性が頷く。
男は倉庫の方に目をやり。
「だけどよ。さっき個数を確認したら、ちゃんと全部返って来てたぞ? 懐中電灯15本とコンパス15個全部」
沈黙の空気が流れる。
前方視界不良の暗い森を照らしてくれる懐中電灯。
狂った方角を指示してくれるコンパス。
現代機械がない状況で迷った時の道具としての必需品の道具全ては返却済みだという。
長身の男子はボブ髪の女子に胡乱な眼を向け。
「確か脅かし役の人に道具を渡すのはお前の仕事だったよな?」
全員の視線がボブ髪の女性に集まり、ボブ髪の女性は思い出したかの様にワナワナと震え。
「そう言えば……渡口さんに懐中電灯とコンパス……渡し忘れてた、かも」
「「「「「「「馬鹿がぁあああああ!」」」」」」」」
全員からの怒声にボブ髪の女性はビクッと震えて涙目で言い訳する。
「だってだって! 渡そうかと思ったけど、なんか渡口さんは思い悩んだ様に悲しい顔してて話しかけずらかったし、一人で森の中に向かったしで渡しそびれたんだもん!」
「確かに、渡口さんはなんかいつもと様子が違ったような……。何かを払拭する為に空元気と言いますか、だから脅かし役だった私たちよりも先に、森の中に行っていた」
だから私は悪くない、とばかりに光と同じ脅かし役だった女子の言葉に同調するボブ髪の女性。
光の方にも非がある事が分かり、一長一短にボブ髪の女性を責められないとして、女主将が険しい顔で。
「ここで言い争ってても埒が明かない! 早く渡口の奴を探さねえと!」
主将としての責任感かただの正義感かは分からないが、森の中で遭難したと思われる光捜索をしようと女主将は豪雨鳴りやまない外に飛び出そうとするが、
「待て! 今外に出ることは私が許さない!」
先生に呼び止められ、女主将は厳然たる表情で振り返り。
「なんでですか! 生徒1人がこんな雨の中にしかも森の中にいるんですよ!? 早く探さないと手遅れに―――――!」
「少しは頭を冷やせ! お前が行って何が出来る! 二次被害になって被害者が増えるだけだ!」
「じゃあどうしろというんですか! ならレスキュー隊を呼ぶとかしないと! このままではウチの学校から死亡者が出ますよ!?」
生徒の危機に叫びたつ女主将だが、先生は歯噛みをして顔を沈ませ、
「それも……出来ん」
「何故ですか!?」
この期に及んで捜索はおろかレスキュー隊も呼ぶことをしない先生に詰め寄る女主将。
「出来ない理由はいくつかある……。1つはまだあまり時間が経過していないからだ。もしかしたら捜索願いを出した直後に帰って来る可能性もある……。だが、それ以上に出せない理由はこれだ。もしこの件が大事になれば大会の出場も危うくなるかもしれない。そうなれば、お前ら3年の努力が水の泡になってしまう……」
大会出場が危うくなる、その言葉に女主将は言葉を詰まらす。
レスキュー隊に捜索を依頼すれば、多かれ少なかれ世間に知られることになる。
最悪の場合にメディアが取り上げて県から全国に波紋を広げるかもしれない。
そうなれば監督不行届として講師陣に責任が負い、更に部も何かしらの処置が取られる恐れもある。
最低の場合に大会出場の辞退。そうなれば、これまで積み上げて来たモノが瓦解してしまう。
「だけど、もしこれで渡口さんが亡くなったらそれこそ責任が大きくなって本末転倒な気がしますが……」
部員の1人がそう言うと、分かっている、と先生は頷き。
「私の責任へのどうでも良い。だが、お前らが努力したのを叶えさせられないのは忍びない……。だから、雨が止むまでは待て。止んだら全員が捜索だ。それで1時間も経って見つけられないのなら、捜索依頼を―――――」
「河合先生!」
コーチの1人が血相を変えて走って来る。
どうしたのか?と尋ねる先生にコーチは慌ただしく口にする。
「今予報を再確認していたら、土砂崩れの警報が発令して、山近くの住人は注意しろという勧告がありました!」
その悲報に全員が唖然となる。
ただの雨程度なら光が下手な行動をしてない限りは大丈夫だろうと踏んでいたが、土砂崩れとなるとどうなるかは分からない。
今までの大雨で土砂崩れの被害が遭った事がない訳でもなく、その危険性もある。
只ならない状況に必死に感情を押し殺して冷静を保つ信也が千絵に言う。
「どうするんだ高見沢……。このままだと」
「分かってるよ。だけど、私たちでどうにか出来る事じゃない。今は信じる事しか……って、そう言えば、
思い返せば太陽の声が一切聞こえない事に不思議に思った千絵が見渡すが、ロビーに太陽の姿は無かった。
「あの野郎! まさか嫌いな元カノだからってどうでもいいやとかで部屋に戻もごもごもごっ!」
「はいはいちょっと落ち着こうね新田君。……流石の太陽君もそこまで薄情じゃ……」
太陽の不在にいきり立つ信也の口を手で押さえて宥める千絵。
つま先を立てて、何とか信也の口を塞げてるという何とも不格好な状況の2人に優菜が話しかける。
「今2人は太陽っちの話をしていた? なんか太陽って単語が聞こえたけど?」
うんうん、と数度頷く2人に優菜は言葉を続ける。
「もしどこに行ったかって話だったら、さっき太陽っちは倉庫の方に向かってたよ? そんで慌ただしく倉庫を出た後に、あっちの方に走って」
優菜が指さしたのは食堂に通じる廊下。
何故太陽が一度倉庫に行って、その方角に向かったのか、千絵はその通路にある”ある物”を思い出して青ざめ、信也の口から手を離す。
「ね、ねえ……新田君……。あっちの方ってさ、確か非常口がなかったっけ?」
「あぁ……確か非常の際の外に通じる扉が……って、まさか!?」
顔を見合わせる千絵と信也。二人の考えは合致したらしい。
だが、その事を口にすれば更に状況が悪くなると2人は何とも言えない感情を押し殺す事しか出来なかった。
その一方で、千絵と信也の会話を偶然近くで耳にしていた御影がある点が引っ掛かっていた。
「……古坂さんの……嫌いな元カノ? えっと、それってつまりは―――――」
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