合宿編19
不運だ……と光は何とか雨は浴びるが、何とか風が凌げる岩の影に身を縮こまらせていた。
「ハハッ……もう笑う事しか出来ないよ。雨が降って来たから戻ろうとした矢先に、ぬかるんだ土に脚を取られるなんて……」
光が現在いる場所は肝試しの際に自分が隠れていた場所ではない。
恐らく、その地点から100メートルは離れた森の中。
整備もされてなく道しるべも無い。
宿舎の明りも見えない障害物になる、方角も狂いそうになるほどに似通った木が並び。
雨と夜の暗闇で視界が悪く、自分がどっちの道を歩いているのか分からない程だ。
最初の頃は自力で森を抜けようと思ったが、雨で土がぬかるんで滑りやすくなり、歩くことは厳しい。
無理に歩いて転び、怪我を悪化させれば本当に間に合わなくなる。
光は何とか近くにあった岩で風を凌ぎ、雨は近くに生えていた落葉樹で頭の部分だけは凌げている。
「なんだかとなりのト〇ロの気分だよ……。雨も一向に止む気配もないし、このままどうなるんだろうね。てか、私の置かれている状況って遭難だよね?……そうなんです。ハハハッ!」
現実逃避で空元気を試みるも、自分を無償に殺したくなる感情が生まれて笑いを止める。
長嘆息を吐くと、光は雷雲が覆う天を仰ぎ。
「雨……どんどん強くなるな……」
止む気配が無く、それどころか更に強くなっている錯覚する雨。
視界が悪くて進めば更に迷うのではと恐れて岩陰に座っている光は何をやることなく、ただ考える事しか出来なかった。
「(多分ないとは思うけど、これで遭難したままで私が死んだらどうなるのかな……千絵ちゃんは悲しむかな……太陽……ないか。もしかしたら、太陽は私が死んで清々するかもしれないね……)」
雨とは違う雫が頬を撫でる。
自分で思ってだが、そう考えると辛かった。
光にとって太陽は昔も今も自分の心に棲む想い人。
だが、決して彼の気持ちが自分に向けられることはないと自覚している。
「あーあっ、私、なんであんなことしたんだろうな……。太陽の事が好きなのに、別の人を好きになった訳じゃないのに……ホント、自分で言った癖に自分が一番分かってないって滑稽過ぎるよ」
軽薄に笑う声は雨音に掻き消される。
光は黒い暗雲を眺めて、あの日を思い出す。
「そう言えば……昔にもこういった事があったな……」
今から大体8年前。
まだ小学生の低学年だった頃。
光は夏休みの自由研究として虫の標本を作った経験がある。
家の中でゲームや漫画よりも、外でボール遊びや虫取りなどをする活発な少女だった光は、虫取り網と虫かごを持って近くの山に入り、山の中の豊富な虫を採取をするのだが。
奥に行けば行くほどの大量の虫の存在に釣られ、光は山奥に足を踏み入れ。
深い森に入った事で迷い、帰り道を見失った森を彷徨ってしまった。
日が次第に暮れ始め光源が失い、先も見えぬ暗闇が森を包み、光は路頭に迷い。
幼い故に一人で心細く、迷子という現実が光を苦しめ、光は森の中で泣いた。
『ママ! パパ! ―――――タイヨウゥ!』
自分が信頼する人物の名を一心不乱に泣き叫びながら木に凭れて座り込む光。
誰も助けに来ない。そもそも、自分が居なくなったことに気づいているのかも分からない。
もしかしたら、まだ外で遊んでいるだけと思い、捜索も行われてないのかもしれない。
ワンワン! 森に泣き叫びを響かせるも、その声に反応する声は無い。
虫の音、野生動物の遠吠え。
光は全てに怯えながらに、動物に気づかれない様にむせび泣くだけだった。
『ヒカリ……このまま死んじゃうのかな……』
右も左も方角が分からない森の中。
光の行方不明に気づいて捜索が開始されても、発見まで自分は生きていられるのか不安が込みあがる。
『嫌だよ……。ヒカリ、まだ伝えてないのに……タイヨウのこと、好きだって……』
父と母よりも光の心に思い浮かぶ意中の相手。
もしここで死んだとなれば、光は未練を残すだろう。
好きな相手に、自分の想いを伝えてない、と。
『タイヨウ……タイヨウぅ……』
大好きな幼馴染の名前を呟きながら、光は願う。
女性であれば誰もが一度は憧れる存在。
自分の危機に颯爽と現れ、助けてくれる
『――――――――ッ!』
遠くから聞こえるその声に、光は沈んだ顔を上げる。
小さく一直線だが、それでも希望の一筋な、その明りの許に彼が助けに来てくれた。
そうだ。
彼はいつも助けてくれた。
泣いている時も、落ち込んでいる時も、彼はいつも傍に居てくれた。
昔迷子になった時、彼が誰よりも見つけてくれた。
誰よりも先に手を伸ばしてくれた。
そんな彼を……私は―――――
「たくよ……今朝言ったばかりだろうが。俺の知り合いを悲しませると許さねえってよ」
木々を揺らす突風と、薙ぎの飛雨が荒らす森の中。
幼少の頃同様に、光源は小さいながらも、まるで手を差し伸べる様に真っすぐで、道を照らす一筋の希望。
彼は昔と変わらず、泣いて不安でいる自分の許に来てくれる
「たい……よう」
体中がずぶ濡れになりながらも、片手に懐中電灯を持つ、古坂太陽が光の前に現れた。
「テメェがこのまま死ぬのは勝手だが。そうなれば俺は隣同士って事で葬式に出ねえといけないだろうが。死ぬなら、俺の知らない場所で死にやがれクソ女」
悪態を付けながらも、彼は手を差し伸べる。
光は太陽の手に自らの手を伸ばし掴もうとするが、躊躇ってしまう。
自分に彼の手を握る資格はあるのか……。
だが、光の躊躇を知らんと言わんばかりに、一向に握らない光に業を煮やした太陽から光の手を掴み引き上げる。
「さっさと帰るぞ。お前が森の中で迷子って事で皆がパニックになってるからよ」
強引に光の手を引き、歩き出す太陽。
多分太陽が光の手を握るのは、離れて歩いて、はぐれたりすれば徒労に終わるからだろう。
恐らく、太陽からして光の手を握るのは嫌なのかもしれない。
しかし、太陽は正義感溢れる男だ。どんなに毛嫌いしている相手でも、死ぬ可能性があるのであれ突っぱねることはしない。
光は繋がる自分と太陽の手を見て。
「(暖かいな……昔と変わらず)」
雨で濡れて自分だけでなく太陽も体温が下がっているはずだが、昔と変わらず暖かい彼の体温。
「(それに、いつぶりかな、手を握るのなんて……。まだあまり経ってないはずなのに、もう随分昔の様に思うよ)」
昔は確かに繋がっていたはず。
手も心も……。
大会前の不安と周りからのプレッシャーで押しつぶされそうになった時も、彼の手を握る事で緊張を和らがせたこともある。
光にとって、太陽は他に代えがたい程に大きな存在。
豪雨を掻い潜り、こちらを一切振り返らず前だけを見て歩く太陽の背中。
いつもピンチになれば彼は来てくれた。
不安な時はいつも傍に居てくれた。
彼が居たから、今の自分がいる。
封印していた気持ち。
捨て去ろうとしてたい気持ち。
だけど、それでも捨てきれなかった気持ち。
「(……やっぱり私……太陽の事―――――)」
その先の言葉を心の中であろうと吐露しなかった。
自分にその先を言う権利はないのだと分かっているから。
光は許せないでいたのだ、自分自身を。
太陽に次ぐ大切な親友の気持ちを知らないとはいえ踏み躙った自分が。
そして何よりも許せなかったのが――――
『光、好きだぜ』
彼のその言葉を信用出来なくなった自分が、光は許せなかった。
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