合宿編17
夜の森の中で開催される肝試しの醍醐味である恐怖を体験した事で、腰を抜かして地面にへたり込む千絵。
「よし。俺は先に行くからお前は回復してから後から来い。健闘を祈るぞ千絵」
「なに戦場に赴く人みたいな台詞を言っているのかな!? お荷物だから置いて行くつもりでしょ! そんな意地悪しないで一人にしようとしないで!」
足腰が立てないながらも先行しようとする太陽にしがみ付く千絵。
半ば冗談で言ったつもりだが、鬼気迫る顔で飛び付かれるとは太陽は思っておらず。
「分かった分かった! 1人にしないから抱き着くな! てか掴んでる所がズボンだからズリ、コラ、マジで離せ脱げる!?」
執念のしがみ付きで脱げそうになったズボンを死守した後、何とか千絵を宥め。
「まあ、そんな事よりもマジでどうしたことか……。歩けないんじゃ、この後は進めないし」
恐怖で腰を抜かして回復するまでのどれくらいの時間が掛かるのか、個人差があるとはいえ知らない太陽は悩んでいると、千絵は両手を差し出す。
「……なんだよそのポーズ……って、お前まさか?」
尻餅を付きながらに無言で両手を伸ばす千絵の意図に気づいた太陽は苦笑いをして、千絵は軽く頷き。
「……おんぶ……してほしいかな」
やはりか、と太陽の予感は的中する。
まるで寝ぼけた子供が布団まで連れてってと親に強請る様な恰好。
高校生にもなってと、千絵も恥ずかしいのか頬を紅潮させて太陽から目を逸らしていた。
「おいおい……まささゴールまで俺がお前をおぶらないといけないって事か? 流石にそれは距離的にキツイと言うか……」
「回復したら降りるから、いいから早くおぶってよ! 後続の人が来るし、私だって恥ずかしいんだから!」
食い下がらずに何故かキレ気味に頼む千絵に太陽はこめかみを反応させた後、嘆息して。
「仕方ねえな……。分かったよお嬢様。ほら、さっさと乗れ」
千絵に背中を見せて屈み彼女に乗る様に促す。
ありがと、と千絵が軽くお礼を言うと、千絵は太陽の背中に自分を預ける。
ズシリと来ると思ったがそんな事は無く意外にも軽かった。
夜の食事やお菓子などを食している割に全然重たさを感じない事に不思議を覚えながら、太陽は足を力ませ立ち上がる。
千絵は落されない様に太陽の前方に手を回してしがみ付く。
「……………………」
太陽は気まずい顔を露わにしない様に必死に我慢する。
千絵が落ちない様に背中に密着する際に感じる柔らかな感触。
彼女自身は無意識なのか背中越しの吐息が太陽の首を擽り、更には千絵の身体を支える為に当てた手から伝わる太ももの感触。
この3点苦を感じて太陽はも気まずいのか頬を赤くする。
「(……こいつもなんだかんだ言って……女の子、なんだな……)」
長い年月を過ごして来た幼馴染故に、太陽は千絵のことを気に許せる友達という線引きをして、あまり女性扱いをしてこなかった。
子供の頃に疲れたと、幾度かおんぶを強要された事があってした事はあるが、勿論、中学、高校と大人になっていくにつれて、こういった体の密着はしなくなった。。
だが、何年ぶりかの千絵との密着から、子供の頃よりも千絵は女性として成長しているのだと身を持って味わう。
「(おいおい……相手はあの千絵だぞ? 我儘言ったり、人を殴ったり、気丈ぶったりする、背も小さくて……だけど、胸は大きくて……。後、人の悩みにも真剣に考えてくれて、いつも俺の傍にいてくれた……)」
気分を逸らそうと最初の部分は千絵を貶す思考だったが、次第に千絵の長所が脳裏を過った。
「(よくよく思えば……こいつは俺がどんなになろうといつも気に掛けてくれたな……。
太陽は横目で背中に乗る千絵を見る。
千絵は眼を横に向けて、耳を太陽の背中に当てる態勢で乗っているが、寝てはいないと思う。
そんな千絵に太陽はゴクリと唾を呑みこみ声を掛ける。
「なあ、千絵……」
「……なに?」
前に思い、いつかは聞こうかと思っていた言葉だが、勇気を振り絞り言うのに少しの間を開けてしまう。
「……お前ってさ、好きな人とか、いるのか?」
太陽は今まで自分の恋愛の事だけに手一杯で他の人の恋慕に目を向ける余裕はなかった。
だが、今は一旦恋愛に関して急ぐことではないと思った事で余裕が出来たのか、今度は今までに助けてもらった千絵の恋の応援をしたいと思った。
「……なんでその事を聞くのかな?」
藪から棒な質問に対して最もな回答を貰い。
「別に他意はない。ただよ。そう言った話とかあまり聞かないし、お前には色々助けられたからな。もしいるんだったら、お前の力になりたいと思っただけだ」
気のせいか、自分に固定する為に前まで回していた千絵の腕の力が強くなっていた。
もしかして、マズイ事を聞いたのではと太陽は冷や汗を流す。
そもそも、人の、特に女性の好きな人を失礼だったのではと今更ながらに後悔する。
「わ、悪い千絵。別に言いたくないんだったら言わなくて結構だ。そもそも、俺が手伝えることなんてたかが知れているからお前にとっては無用のお節介だったな、謝る」
この話はここで切ろうと誤魔化す笑いをするが、千絵は頬を膨らまし。
「そうだよそうだよ。女心も分かってない太陽君が出来ることなんて、人をイライラさせることぐらいだから結構です。この鈍感野郎!」
「ぐえっ!」
背中に乗られながらにチョークスリーパーは決める千絵。
鶏が首を絞められたかの様な声を漏らし悶える太陽。
千絵がガッチリ決めているためか、左右に揺らしても離されなかった。
そして限界が来て、ギブの意思を示す様に千絵の手を叩くと、千絵は解放する様に力を緩める。
ゴホッゴホッ、と咳き込み、新鮮な空気を体に取り入れる太陽は目尻に涙を溜め。
「お、おま……今のは流石にヤバいと言うか……お前って昔から本当に野蛮と言うか暴力的というか……」
「太陽君がいつまでもデリカシーの無い鈍感野郎だからだよ!」
べぇー! と子供じみた様に舌を出す千絵。
再び気まずくなり、沈黙の空気が流れる。
あまり歩いてない所為か脅かしポイントにも通達してないから、肝試しの醍醐味である人為的な脅かしは一度もない。
このままでは後続の人に追いつかれるし、時間が無駄に費やしてしまう。
太陽はバツの悪い表情で足を踏み出した時―――――木々が風で一斉に靡く。
「私の好きな人は君だよ、太陽君。昔から、ずっと」
「―――――――――なにか言ったか?」
木々の葉、生い茂る草の揺らぎの合唱をして森の中に響き、それが原因でか千絵が何かを言っていたようだが、元々千絵が小さく言っていたのも遠因もあるのだが、太陽の耳にハッキリ聞こえなかった。
一世一代の告白を交わされた様に、口をパクパクと金魚の様に開閉して、顔を真っ赤にする千絵は拳を振り上げ。
「太陽君の――――バカぁぁあああ!」
「痛ッ! おい、背中に乗っているんだから殴るな、てか何で怒ってるんだよ!?」
太陽の言葉の制止を聞かずにポカポカと殴る千絵。
一応手加減しているのか擬音は正しい。
だが、首元や後頭部など、軽めでも殴られれば痛い部分を執拗に殴る為に辛い。
その後も戯れる様に防ぐ術のない一方的な攻撃を受けていると、遠くの空からゴロロン!と雷鳴が聞こえた。
そして間も無く、ピチャン、と一滴の雫が千絵の背筋に入り。
「ヒヤァん!」
可愛らしい悲鳴を上げた事で千絵の手は止まる。
そして今の雫を皮切りに、ポタポタと無数の雫が飛雨する。
「これって……マズイ、雨だ! しかも勢いが強い。千絵、しっかり捕まってろよ! 急いで宿舎に戻るぞ!」
「う、うん! 足元は私が懐中電灯で照らすから、足元には気を付けてね!」
分かってる! と語気強めに返して太陽は豪雨を掻い潜る様に来た道を逆走する。
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