向こう行きの階段
佐座 浪
一幕
——死んだよ。呆気ないもんだった。来週の課題のことなんて、考えてる場合じゃなかった。
やっぱり、眼鏡を替えておけば良かったな。あとイヤフォンも外した方が良かった。何にも聞こえなかったし。
とはいえまあ、今更か。不思議と後悔は浮かんでこない。しても戻れないから、考えないようにしてるだけかもしれないけど。
ここは多分、あの世ってやつなんだと思う。見たこともない黄金の花がそこら中に咲いてて、向こうに青空に伸びてる真っ白い階段が見える。
天国行きの階段、なのかな。お迎えがいるのかと思ってたけど、どうやらセルフらしい。
花びらのカーペットの上を跳ねていくと、階段の一番下の段に誰かが座っているのが見えた。
女の人だった。茶色の髪をだらんと垂らして、ずうっと遠くの方を眺めてる。異性を見る目にはあんまり自信が無いけど、綺麗な人だと思った。
「——おや、なにかな?」
急に、こっちを向いた。白んだ顔が少し、赤くなったかもしれない。
「あ、いや……綺麗な人だな……って」
「それはどうも。天国ならこの上だよ。物好きじゃないなら、早く行った方が良いんじゃないかな?」
快活に笑って、女の人は視線を戻す。おかげでこの階段が天国行きだと分かったけど、どうにもこの人は登る気がないらしい。
「あの……こんなところで何してるんです?」
「ん? あたし? 人を待ってるの」
「人?」
「そ。このリストバンドをくれた人。優しくて、かっこいいんだよ。来る頃には、ヨボヨボのおじいちゃんかもしれないけどね」
腕にしている擦れた緑のリストバンドを、女の人は大切そうに撫でた。
やっぱり、死に別れなのかな。そういえば、恋とかしたことなかった。あとお酒とかも飲んでみたかった。今、皆なにしてるんだろう。今日の晩御飯、パスタだったのに——
「——大丈夫?」
はっとした。二度と動くことのない胸が、跳ねたような気がする。
「……ごめんなさい。大丈夫です」
「謝らなくていいのに。
「……はい。さようなら」
「ばいばーい」
前が見えなくなってしまう前に、一歩一歩階段を踏みしめた。少しずつ、花畑が遠くなっていく。
「——あの」
そうして、ふと振り返る。これだけは、聞きたかった。
「今度はなんだい?」
「お姉さんは思うところ、なかったんですか?」
澄んだ茶色の目が、見開かれる。無礼な質問なのは分かっていたけど、それでも答えてくれた。
「……来る前に終わってたから。意外と死ぬまで長くってさ、やんなきゃ良かったなーってな感じ」
「ありがとうございます。会えると良いですね」
「うん。君は良い来世を——」
——そうして振り返る。小さな肩のずうっとずうっと遠くの方、地平線の端っこに、真っ黒い階段が見えたような気がした。
向こう行きの階段 佐座 浪 @saza-nami-0406
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