女子に優しくしても意味がない

 バレンタインが近づくと、とたんに女子に優しくする。嘘か真か、世の中にはそんな奴がいるらしい。

 だが少なくとも、俺、胡麻磨夫ごますりおは、それが全くと言っていいほど理解できない。


 優しくすれば、チョコを貰えるかもしれないってか?

 打算丸出しの優しさなんて、恥ずかしくないのか。


 そう思っているのは、同じ高校のクラスメイトにして親友の、媚売蔵こびうるぞうも同じだ。


「だいたい、そんな見え透いた下心なんて、女子もわかってるっての。バレンタイン限定で優しくす男なんかに、チョコなんてやるわけないだろ」

「そうそう。むしろ、『こんなに必死になるほどチョコが欲しいんだ。かわいそ~』なんて思われるに決まってる」

「わざわざ自分から、モテない哀れなやつだとアピールするようなもんだな」


 こんな風に、共にバレンタイン限定のいい人に対する批判をしている俺達は、駅前で、もう一人の友人と待ち合わせ中だ。

 約束していた時間まであと少しだが、遅刻するような奴じゃないから、もうそろそろ来るだろう。


 そう思っていると、道の向こうから、キャーキャーとけたたましい歓声が聞こえてきた。主に女性の声だ。

 どうやら、あいつが来たようだ。


 声のした方に目を向けると、何人もの女性が群がっているのが見える。そして、そんな女性達をモーゼのように掻き分けながら、一人の超絶イケメンが現れた。

 超絶イケメンは俺達の姿を見ると、やや急ぎ足でやってくる。


「悪い、遅くなった」


 この男こそ、俺達と待ち合わせていた友人である、池面いけめんだ。


 その容姿は、さっきも少し説明した通りの超絶イケメン。いや、そんな言葉じゃまだ足りないくらいの、超超超超超(以外略)イケメンだ。


 そのあまりのイケメンぶりは、こんな伝説が語られるほど。


 曰く。車椅子生活を余儀なくされていた少女が、池面の姿を見たとたん彼の元へ全力疾走した。


 曰く。あまりの美しさに、人間国宝に指定されている。


 曰く。スーパーサイヤ人になれる。


 ここまでくると、どれが本当でどれが嘘か、友人の俺にもさっぱりわからない。とにかく奴は、それくらい異次元なレベルでのイケメンってわけだ。


 つて言っても、男でありBLの素質が一切ない俺や媚売にとっては、普段は普通の友人だ。例えどれだけイケメンでも、胸キュンしたり目がハートマークになったりすることはない。


 ただ……ただな。今の季節だけは、普段の友人とは、ちょ~っとばかり違うところがある。


 待ち合わせ時間ギリギリになったことを謝る池面に向かって、俺達は言う。


「滅相もございません。女の子に囲まれての移動、お疲れ様でございます」

「よろしければ、お荷物をお持ちしましょうか」


 俺も媚売も、これでもかってくらいへりくだり、ははーっと土下座するくらいの勢いで頭を下げる。

 それを見て、池面は顔を引きつらせた。


「お前達。毎年のことだが、バレンタイン前になると、露骨に俺をヨイショするよな」

「お褒めにあずかり光栄です」

「カケラも褒めてねーから。どうせ、俺がもらうバレンタインチョコが目当てなんだろ」


 その通り。世の中にはバレンタインが近づくと、とたんに女子に優しくする奴がいるが、そんなのは全く愚かな行為だ。本当にチョコが欲しいなら、イケメンの友人にこそ優しくして、そのおこぼれを貰うべきだ。


「いいじゃないか。どうせ、一人じゃ全部は食べきれないし、女子にもそれは伝えてあるんだろ」

「だいたい、食べすぎてそのきれいな顔にニキビでもできたら、女の子が号泣するぞ」


 実際、貰ったチョコを全て食べようとすると、俺達二人が手伝ったって難しいだろう。

 そう言われて、池面はハーッとため息をつく。


「仕方ない。けどな、どの子から貰ったチョコも、俺が最低一口は食べるようにする。チョコと一緒に入っている手紙や小物はやらん。ホワイトデーのお返し、何がいいか一緒に考えろ。ふざけゼロで、真剣にだ」


 よし。これで今年もバレンタインにチョコをゲットできる!

 俺と媚売は、手を叩いて喜んだ。


「女子に対するその気づかい、さすがでございます」

「顔だけでなく、心までイケメンですな」


「あからさまにヨイショするな! そういうのいらねーから!」


 けど実際こいつは、貰った手紙は大切にするし、ホワイトデーのお返しも何がいいか真剣に悩み、一人一人にメッセージカードまでつける。

 こういうところが、モテる所以なのだろう。


 何はともあれ、今年も良いバレンタインになりそうだ。


 みんなも、バレンタイン前に優しくするなら、イケメンの友達にするんだぞ。

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