❖ 3 ❖
ログハウスの中を眺めた。玄関を入って右手にリビング、ダイニング、キッチンと続き、階段は玄関の正面だ。左手に和室が見えて、その奥が多分トイレやバスルーム。一般の家庭ならありふれているだろうが、別荘としては和室がある分広い方だろうと思う。
「あ、トイレとお風呂はそっちの奥」
思った通りの場所だ。
「寝るの、2階でいい?」
「いいよ」
「寝室3つあるから空いてるとこ好きにしていいからね」
「ありがとう」
これまでの話の様子から資産家なのだと分かる。ちょっとしたチェストなんかはアンティークなのかもしれないと思った。
食品を片付けている昌に声をかけた。
「なにか手伝おうか?」
「んんと、今から夕食作るつもりなんだけど」
「昌が?」
「俺しかいないし」
「料理が出来るとは思わなかった!」
「するよ。食事コントロール自分でしてるから」
そうだった。父の食事を作っていた時も脂分や塩分などに気を遣ったものだ。
「慣れてるから手伝うよ。一緒にやろう」
その言葉で昌は照れたようだ。
「うん、じゃお願い」
ブロッコリーを茹でて、レタスやパプリカと一緒に盛る。それに茹でた豚肉でしゃぶしゃぶサラダだ。ご飯は簡単なトマトスープのリゾット。そしてオレンジを切る。
「すごいね、ちゃんとした夕飯だ」
「でもレパートリーとしてはこれが基本なんだ。サラダとリゾットとフルーツ。味付けが変わるだけ」
「でもバランスが取れてるよ」
サラダにはドレッシングが3種類あるから、それでも楽しめる。
食事を終えて、昌と一緒に紅茶を作った。と言っても、ティーパックだ。コーヒーは好きじゃないから無いと言う。
「汐はコーヒーが好きなの?」
「好きだよ」
「じゃ」
チェストの上のメモ帳を取って来る。それにコーヒーと書いた。どうするのか見ていると、それを玄関に持って行ってドアの外に画びょうで貼った。
汐の視線を感じて、「買い物しないから。これで届くんだ」と説明した。
「誰かが見に来るってこと?」
「うん」
「それで買ってくるの? ……あ、さっきの食品の入った袋もそうだった?」
「うん」
なんとなく分かってきた。突っ込んで聞かれたくない時には昌の返事が少なくなる。だからそれ以上は聞かなかった。
「いつもなにしてんの?」
テレビも無い。ここでどう時間を潰しているのか。
「散歩することが多いんだ。星を見たり、風に吹かれてたり。裏にブランコがあるんだよ。そこに座ってぼんやりしてたりする。外に出たくない時は本を読んだり。かったるくなったらソファに寝転がってたり」
「今どきじゃないんだね! きみくらいならゲームやったりするだろ?」
「時間が……消えちゃう気がするよ、そういうの」
思ったより症状が重いのか、と思った。父も手術が近づいて良く言っていた、「時間を大切に使いたい」と。
「体は? もう落ち着いた?」
「大丈夫だよ。ごめん。今日はさ、ちょっと疲れたから先に休んでいい?」
「もちろんさ! 具合悪いの?」
「ううん。ホントに疲れただけ。えっと、……なにも無いんだ、ここ」
「いいよ。俺ものんびり旅行気分で来てるし。小説も持ってきてるから」
ホッとした顔だ。
「そうだ」
昌は玄関のメモを持ってきた。
『室内で2人で遊べるもの』
「ずい分大雑把だな! それでいいの?」
「いいんだ。……親父の償いみたいなもんだし」
「え?」
「ううん、何でもない! じゃ、おやすみなさい」
「お休み。ゆっくり寝ろよ」
「そうする」
昌は階段を上がって行った。
汐は散歩に出てみようと思った。夜の浜を歩くのが好きだ。明かりと言ったら空と、コテージやらホテルやらのちらほらしたわずかな光だけ。だから解放感がある。
玄関を出ようとして迷った。鍵をもらっていない。昌は気にした素振りも見せなかった。散々考えて、メモをテーブルに残した。
『ちょっと浜を歩いてくる。20:15 汐』
(明日鍵のこと確認しないと)
出来れば合鍵が欲しい。自分の荷物にたいした物はないが、安全面から言っても絶対あるべきだと思う。
月は半欠けだが、薄い影を作るほどには明るかった。浜まで来ると広がる波の音に光が揺らめいていて幻想的だ。
汐は海に向かって座った。来たばかりの頃はこうやって何時間も座っていた。思うのはいつも父のことだった。
(父さん。もっと他の話をすればよかったね、墓の話だなんてバカみたいだ)
最初の夜はそれで泣いた。
次の夜はあれもこれも、し足りないことばかりが浮かんで悔やんで泣いた。
そしてもう泣くのをもうやめようと思った。
家に帰ったら父の日記を読もうかと考えている。読まずに焼いてしまおうか、そんな思いもまだ持っているが、好奇心というより父の思いを知りたい。肝心なことを何も話さずに逝かれてしまったようで。
「こんばんは」
思いの中に漂っていたから声をかけられて飛び上がりそうになった。
「あ、ごめん。驚かせてしまったね。足音で気がついているかと思ったんだ」
(誰?)
それが聞こえたかのようにその男性は自己紹介をした。
「
「はい」
返事はしたが分かっていない。
「あれ? もしかして分からない? 昼間、昌が俺のことストーカーみたいに言っただろ?」
「あ!」
そうだ。ついでにあのときに言われた言葉も思い出した。
『恋人みたいに』
「俺、男です。恋人じゃないです」
大樹は吹き出した。
「それを言うなら、俺もストーカーじゃない。昌のことだから『変態』とでも言ったかな?」
明かりが月で良かったと思う。きっと真っ赤になっている。
「なに、散歩?」
「はい。あ、鍵! かけてないんです、不用心だけど」
「大丈夫、かけてきたよ。いつも2階の寝室の明かりが見えたら外からかけてるんだ」
「そうなんですか!」
「だから帰るなら俺と一緒じゃないと中に入れない」
「良かった! 安心しました」
「きみは真面目そうだね」
「そう、じゃなくて、真面目です」
「なるほど。訂正するくらいに真面目なんだな」
「変ですか?」
「いや、安心したよ。あの子の周りに君みたいな子はいなかったからね」
年齢が分かるほどには月の下は明るくない。
「すみません、仁科さんは」
「大樹でいいよ」
「じゃ、大樹さんっておいくつなんですか?」
「34。きみからしたら結構おっさんだろ?」
「そうでもないです。父は46でしたから」
「……今は? 亡くなったの?」
「はい。この海には散骨のために来たんです」
「そうか…… そんな時に昌のことで巻き込んでしまって申し訳なかった」
「いえ。縁だって思ってます」
「きみ、昭和?」
「昭和って?」
「古いからさ、言うことが」
ちょっとむすっとしてしまった。
「自分だって、ギリ昭和のクセに」
そう言うと大樹はくすっと笑った。
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