2-3 少年
彼は石の壁に両手を這わせて、何かを確認している。伊野田もなんとなく石壁やら木枠やらを眺めていると、突然、目の前に人の顔が表れた。驚いて声を上げながら後ずさると、今まで何もなかった地下室が唐突に洋室に変わっていた。
棚やベッドがあり、壁には大きなモニタが貼られている。窓の外には穏やかな景色が広がっていた。デスクには参考書が積み重なっており、それが部屋の主がまだ学生であると物語っていた。部屋の主の少年は、明らかに顔を歪ませて愚痴をこぼした。限りなく小さな声だったが。
「……近いですよ」
「いや、ごめんね。勝手がわからなくて」
伊野田が先ほど立っていた位置が、ちょうど少年が座っていた場所だったらしい。冷静になってみれば、少年の部屋がこの地下室に投影されているだけのようだった。実態があるわけではないにしろ解明度は恐ろしく高く、まるで本人がそこにいるかのようだった。
「久しぶり。相変わらずクセのあるコード書くねぇ。俺らが来るってわかってて、あんなに強いロックかける?」
「遅かったじゃないですか」
少年は椅子を回転させ、こちらに背を向けながら不満を告げた。その年ごろにしては痩せていて、オーバーサイズに見えるTシャツから覗く腕はとても細かった。伊野田の存在も拓の問いかけも無視する形で少年は続けた。
「こっちにもこっちの都合があるので、時間通り来てくれないと困りますよ」
彼はそう言って、部屋のドアを一瞥した。誰かが部屋のドアをノックしてくるのでないかと警戒しているように見えた。
「そうムクれるなよ。悪かったって。前の仕事が押してたし、ここに来る以外に調達屋の君に連絡とれないし」
拓が慣れた様子で弁明すると、少年はデスクから端末を引っ張り出し、コードを読み取るように拓に促した。不機嫌そうな顔を隠す気がないのも見た通り10代の少年そのままで、伊野田からの視線に気づいた少年は舌打ちをして説明を始めた。
「DLしてください。そうしたら笠原工業で使える偽造パスが取得できますから、あとはご自由に。一応、ここで確認してください」
「今見てるよ。ちょっと待ってて」
拓が再び確認作業に没頭したため、手持ち無沙汰になった伊野田は少しの気まずさを感じていた。
この調達屋の少年とは初対面というわけではないが、一方的に嫌われているらしい。少年が自分の右腕を見つめていることに気づき、彼は顔を上げた。伊野田の腕が義手になったグランドイルでの案件に、この少年も調達屋として少なからず関わっていた。それ以降、顔を合わせる度に今のような冷ややかな視線を浴びせられるようになったのである。
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