2-4頼みますよ
「義手、前と違いますね」
ふいに声を掛けられ、伊野田は驚いた。
「え? そうだね。仕事柄すぐ壊れるから」
「ふーん」
「ここ、きみの部屋なの?」
「そんなわけないじゃないですか。自分のリアルの部屋なんて、投影しませんよ」
冷たい視線はそのままに、会話はそれだけだった。
この部屋を投影することで、ただの学生を演じているのだろう。本来の年齢や経歴は一切不明だった。人と会うたびに投影する内容も変えているだろうし、今見せている顔も本人のものか定かではなかった。以前にグランドイルで見た顔と同じはずだが、自分たちと会う時は今の顔にしているのだろう。調達屋の仕事は善悪の境目が曖昧で、情報探索屋以上に素性が知れてはならない仕事である。部屋を眺めながらそんなことを考えているうちに、偽造IDの確認を終えた拓がこちらに向き直った。
「オッケーだったよ。相変わらずいい仕事すんね。このクオリティなら問題ない。さすが北一番の調達屋」
「お世辞なんて言わないでくださいよ。こっちは連続の依頼で、けっこう肩ひじ張って作業してるんですから」
「お世辞じゃないさ。俺の知っている調達屋の中じゃ、きみが一番腕利きだからな。もしこのIDで笠原工業に入れなかったら、そん時は全額払い戻してもらうよ」
拓はそう冗談を言って乾いた笑みを見せた。
「作るのが大変だったんで、払い戻しは絶対にしません。この間、琴平さんもID取りに来ましたけど、なんでいっぺんに依頼してこなかったんですか」
まとめて依頼をくれればラクなのに……、そう愚痴をこぼして少年は目を細めた。
「仕方ないだろう。笠原工業のIDは定期的に更新されるんだから。早まっていっぺんに作ったら偽造ってバレるだろ」
納得したが心の底から面倒そうな顔をし、少年は椅子に座りなおした。
「ま、理由なんてどうでもいいですけど。じゃあ、僕は試験勉強をするので。さようなら。忍さんによろしくお願いします」
「またな」
拓がそう返事し、伊野田も軽く手を上げて合図する。少年の顔が歪んだように見えたのは、投影していた映像が消えかけたからだ。彼はおずおずと声を掛けてくる。
「……北じゃ戦いが本格化してます。どこがより多く軍事力をもっているかで競っている。違法機の戦争利用なんて馬鹿げた計画、早いとこ潰してきてください」
「わかった」
伊野田がそう返事をすると彼の姿や部屋の内装は瞬く間に分解されていき、次第にただの地下室に戻った。
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