2-2 調達屋の穴ぐら
2人が向かうところは、メトロシティのいわばスラムだ。過去に近隣エリアとの産業競争に敗れ、街が衰退した時の状態がそのまま残っており、危険区域と呼ばれることもある。そんな街の経済危機を救ったのが笠原工業によるオートマタ産業だが、メトロシティ全てを潤したわけではなかった。
表通りから陽の光を避けて道を進んでいけば、そこには薄暗い街が広がっている。巨大なビル群にから隠れるように点在するスラムでは、住人によるトラブルは日常茶飯事だ。窃盗や放火など、度を越したものも稀に発生する。
伊野田も以前、偶然だがガレージの高見佳奈とゴロツキに出くわしたことがある。高見が引き受けた簡単な仕事を、通りがかりの伊野田が手伝うことになったのだ。その時、高見といつか飲みにいこうと話をしたが、いつになることやら…と伊野田はため息を漏らした。早く自分の身に降りかかる厄介ごとをすべて片付けて、気ままに酒を飲みたい。気を紛らわす酒ではなく、酔いに浸るための酒だ。隣を歩く拓が彼のため息を拾った。正面を見たまま訊いてくる。
「何に対してのため息?」
「はやく笠原工業もろともブチのめして、ぱーっと酒が飲みたいっていうため息。拓は?」
「さっさとこのスラムから出たいっていう、ため息」気味悪がって言う拓。
「うはは。お互い、作戦開始前からこんなにため息してたんじゃ、幸先良くないな」
伊野田はそう言って笑った。拓はそれを見てわざと投げやりに返事をした。
「そーだそーだ、幸先良くない。笑えるうちに笑っとけ」
その後は時に会話と言う会話もなく、拓の誘導でたどり着いたのは、頼りない雑居ビルだった。割れたコンクリートの破片が散らばっており、エントランスのドアも歪んでいた。人の住んでいる気配はない。どこから入るのだろうと眺めている伊野田に対し、拓は端末のケーブルをひとつ引き出し、壁と繋いで何か操作している。伊野田が覗き込むと、壁に埋め込まれた操作盤と接続して何やら作業をしているが、彼には理解できなかった。
「つれないなぁ……。中からわざとロック強化してる。おまえに会いたくないってよ」
拓は羅列されている数式を睨み、わざと茶化してそう言った。伊野田は舌をだして、知らん顔をしてみせた。
やがて拓は解読を済ませたのか「あっちが入り口な」と言ってビル横に設置されたハッチを指さした。
伊野田がハッチを捻って開くと縄梯子が垂れ下がっていた。使い古された頼りないもので、自分が使ったら千切れるのではないかと彼は心配になった。下まで降りると石造りの地下室には誰もおらず薄暗く殺風景なことも相まって居心地が悪い。ここで合っているのか尋ねようとした伊野田をよそに、拓が口を開いた。
「あの子らしい”穴ぐら”だよな」
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