1ー5事務局の局長

「私が琴平に頼んであなたを寄越してもらったのよ。こんなところまでわざわざご苦労さま。私がここの局長よ」

「いえ。……きちんとお会いするのは初めてですね」

「あなたが大人になってからはね」


 局長は伊野田が名乗らなかったことには触れず返事をした。年相応の皺が刻まれてはいるが、若々しさを感じさせる印象だった。自分の手入れを怠らないタイプなのだろう。それなりに金があり、地位もある人間の服装と髪型だった。


 彼女は一度こちらを見ただけで、あとは視線を逸らしているように見えた。そういえば琴平のIDでどうして自分の入館許可がでるのか不思議だったが、局長自ら許可したのだろう。

 伊野田の困惑を無視するように、局長が口を開いた。椅子にかける気はないらしい。琴平の勲章やら盾やらが飾ってある棚に近寄りつつ口を開いた。


「あなたのことは、あなたが小さい時から知っている。あの琴平がわが子のように育てたのだから。私は彼の同期なのよ。あなたの成長もアタッカーとしての活動も報告を受けている。ほかの事務局員の目はあまり気にしなくても良いわ」

 伊野田は黙って話を聞いていた。どんな報告だったのか気になったが相手の表情に変化が見られないから可もなく不可もなくといった評価なのだろう。


「これからあなたたちがやろうとしていることを私は何も知らないし、今日あなたとも会っていない」

 無理があるだろうと感じつつ、彼は無言を貫いた。

 彼女はそう言って振り向き、釘を刺すように告げた。再びその視線が自分に向けられる。伊野田は、自分たちの今後の計画が局長に筒抜けであることには今更驚かず、彼女を見据えて返事をする。完全に隠し通せるとは思ってなかったが。


「そろそろ、決着をつける必要があると思うんです」

 その瞳を見据えて、局長は深くため息をついた。まるで駄々をこねた子供を嗜める言葉を探す親のように。彼女は腕を組みなおす。琴平のデスクを見つめ、静かに告げた。


「……テグストルといい中立地帯といい、琴平の起こした問題に目をつぶれない。彼は独断で動きすぎた。彼はあなたのことになると、周りが見えなくなる。例をあげましょうか。テグストルでは事務局員としての権限濫用、市街地での戦闘行為。メトロシティでは窃盗、武器の無許可持ち出し及び公共の場での無断利用、さらに中立地帯においての協定違反でトリプルコンボ。謹慎処分で済んだのも奇跡よ」


 局長から琴平の行動が露呈されるたび、伊野田は頭を抱えた。ため息すら忘れ、呆れるほど項垂れかけた顔からにじみ出たのは苦し紛れの苦笑いだった。


 局長は眉根をひそめて微笑んだ。

「彼なしで動ける?」

 と、どこか訝し気な表情を向けて問いかけてくる。まるで琴平がいないと、自分は何も出来やしないと言われているような状況に少し苛立ちを覚えたが、伊野田は気丈に「なんとかしますよ」と返事をする。


 その真意を確かめるように、彼女は伊野田を見つめた。ふん、と鼻から息を漏らす。

「まぁ、オートマタなど既に旧世代のテクノロジー。オートマタの時代は変わりつつある。あなた方でもどうにかできるでしょうよ」

「それはどういう意味ですか?」

「たいしたことじゃないわ。いい? 先ほども申し上げたように、これからあなた方が起こそうとしている事に、事務局は一切関与しません。琴平があなた方にしていたサポートも支援もないと思ってください。あなたが万が一……破壊されたとしても事務局は保証しません」


「……わかりました」

 伊野田がそう返事をすると、局長は無言で琴平のオフィスを後にした。まるで初めから、この部屋に自分などいなかったかのように。

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