1-4 琴平の仕事部屋
そんなことを考えているうちに、目的の部屋番号へ到着した。ドア横に浮かび上がったスキャナーに琴平のパスをかざすと、ガラス戸がゆっくりと右にスライドする。室内は、呆れるほど琴平らしい内装だった。無論、初めて入室したわけではないが、伊野田はため息をついた。
すると、端末に通知が届いた。笠原拓だった。そのホログラムを室内に展開させてやると、彼はまるで実際に室内にいるように振舞った。そして少しだるそうな顔をしている伊野田を見て、彼は笑った。
「ここが琴平さんのオフィスか」
拓は興味深そうに室内を見まわした。彼のホログラムが表示されているだけなので、実際には伊野田の端末に搭載されたカメラごしの映像を見ているにすぎないが。
「拓は来たことなかったっけ? まぁ、当然か」
伊野田は窓から景色を眺めてそうぼやいた。夜の顔になったメトロシティをしばし眺め、笠原拓に向き直る。名前の通り、笠原工業の身内で、事務局と敵対している人間がこんなとこに来る由もない。もっとも拓本人は数年前に家を飛び出し、事務局側へオートマタの情報を流す”
「当然。事務局の本部になんて、俺が来るわけないだろ。前にモニタ越しに作戦の話に参加したことがあったけど…」
「そうだよな、おれですら局員から”熱烈な視線”を浴びたってのに。それで、なんか用?」
伊野田がこぼした皮肉を受け取り、渇いた笑いを見せて拓が返事をする。
「特に用事はないよ。調子はどうなんだ?」
「ここ数か月で一番いいよ。このあいだ輸血したおかげか、オートマタに対するカンもちゃんと働いてるし。体も動くし」
「そうか、ならいいや。そっちの用事を済ませたら、一度連絡くれ。例の”調達屋”にアポとったから行くぞ」
「げぇ…。調達屋のところぉ? おれも行かなきゃダメ? あの子、おれのこと嫌いだろ?」
あからさまに不服そうな声色で文字どおり不服を述べる伊野田を、拓は一蹴した。
「嫌われてることは諦めろ。あそこはスラムだし”おまえら用”の備品取りに行くんだから、俺一人で行くなんてゴメンだぞ」
「しっかたねえな……」
伊野田がしぶしぶ同意の声を上げようとしたところで、オフィスの扉がゆっくり開いた。そこに現れた人物を見て、思わず息をのむ。それは拓も同じだろう。
伊野田は素早く拓に断りをいれてホログラムを消去させると、姿勢よく彼女に向き直った。彼の緊張を汲み取ったのか、その女性は「ふっ」と笑った。自室でもないのに席に掛けてと言い出すのも可笑しいと思っていると、彼女は早々に笑みを消し去り「そのままで結構」と伊野田に促した。不思議そうな顔を見せると、彼女は嘆息混じりに声をかけた。ゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。
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