109.人が良すぎて逆に辛い
リンカとナイジェルが学校に出かけ、時間ができた午前中。エリュと一緒に過ごすシェンはご機嫌だった。下策と言えど、うまくすれば問題が一気に解決する。午後のお茶会が楽しみだと頬を緩めた。
「シェンは午後にお出かけするの? エリュは?」
仕事と説明されたエリュは、不満を浮かべた顔で唇を尖らせる。その唇を指で押し戻し「可愛い顔が台無しだよ」とシェンは笑った。
「お仕事なんだ。メレディスがプリンを作るから、エリュに手伝って欲しいと言ってたよ。僕や皆の分も作って振る舞ってくれない? そうしたら仕事頑張れそうな気がする」
お願いの形をとって、誰かの役に立ちたいエリュの気持ちを擽る。少し考えるエリュが銀髪を揺らしながら首を傾けた。
「エリュが作るの?」
「うん、メレディスのお手伝いだけど。僕はエリュじゃないと無理だと思うよ、すごく難しいから」
「手伝ってくる」
難しいとか、無理と言われたらやりたくなるのが幼女の性か。ふふん、任せてよ。顔にそう書いたエリュが頷いた。カラメルたっぷりがいいから、多めに作って掛けようと約束する。お茶会でお菓子食べるのはやめよう、シェンはそう決めて指切りで締め切った。
「リリンが一緒だけど、プリン作りは手伝わせないでね」
念押しして、危険の排除も頼んでおく。味見しないで作るリリンは、独創的な料理を作ることがある。定番の物ほどレシピとかけ離れていくので、プリンは危険だった。事情を知るエリュも神妙な顔で同意する。
「わかった」
「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃい。早く帰ってね」
新婚夫婦のような挨拶を交わし、お昼の少し前に別れる。エリュの昼食はリリンが同席する予定だった。離宮のある奥へ向かう。途中で建物の陰に隠れ、転移を使った。あの離宮に誰かを匿っており、蛇神が足繁く通う、そんな噂が出ては困る。
あの離宮にも結界は張っているが、さほど強いものではない。数人の貴族で押し破られる程度だった。使われていないはずの離宮に、強すぎる結界を張れば人の注目を集めてしまう。そのため、最低限の結界にした。代わりに、襲撃された際はシェンへ伝わるよう仕掛けをしている。
「あら、シェン様」
穏やかな笑みを浮かべたアンバーが、庭先で花を摘んでいた。お茶会の話をしたので、飾るつもりらしい。いつものすとんとしたシンプルな服ではなく、飾りが付いた刺繍入りのワンピースだった。
「アンバー、その服似合うね」
「ありがとうございます。お茶会の方々は、どのような身分のお方でしょう。粗相をしなければいいのですが」
自分を含めた家族全員が、礼儀作法は詳しくないと表情を曇らせた。
「安心して。近所の人と付き合うくらいの感覚でいいよ。僕もいるから心配しない」
ぽんと肩を叩いて、一緒に移動する。当たり前のようにアンバーはシェンと手を繋いだ。幼子が一人で歩くなんて、彼女には考えられないのだろう。特に気にすることなく手を繋いだシェンが現れると、集まった3人が微笑んで視線を合わせるためしゃがんだ。
幼女相手なので、これが当然と言わんばかりの態度。こういう人の良いところを見ちゃうと、少し気が咎めるなぁ。シェンは笑顔で挨拶を交わし、それでも変わらぬ決意に内心で溜め息を吐いた。
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