108.己の醜さは誰より知っている

 神に対する偽りは原罪の一つ。サザランド公爵は老齢で、すでに妻はない。子ども達も結婚し、孫をもうけていた。候補者がいるとしたら、孫の世代だろう。


「わしの孫は全部で5人おります。そのうちの一人は婚約しましたが、残る4人はシェーシャ様に捧げましょう」


「捧げなくてもいいけどね。本人達が選ぶんだし」


 生贄みたいな話になってない? 首を傾げるシェンへ、老人は淡々と孫の説明を始める。普通は我が子より孫の方が可愛いって聞くけど、彼は例外のようだ。


 2人の女性と、2人の男性。一気に婚約者候補が増えたものの、うち1人は年齢的な問題で排除した。まだ未成年なのだ。さすがに問題だろう。数年後に結婚する手もあるが、兄姉から結婚するのが常識だろう。


「ところで、ランドル爺は引退しないの? 息子、もういい年齢じゃなかったかな」


「まだまだ若造で、シェーシャ様への尊敬の念が足りませんのでな」


 交代できないと笑う。可能なら、現在婚約者のいる内孫を、一世代飛ばして当主にしたいと言い切った。逆に気になるよね。その辺の事情はベリアルに聞くとしよう。見つかった男女を集めて、お茶会を開くことにした。


「少なくとも3回は開いて、お互いの相性を見よう。幸せにならない結婚はダメだよ。だから候補者にこの件を説明したら……わかってるよね?」


 神に誓ってこの話を秘匿すると言い切った公爵達を見送り、シェンは自らの戦略を「非道だ」と言い切った。こんな策は下策も下策、最低の手段だ。皇族が足りないからって、遠い血縁を見つけて愛玩動物のように繁殖させようだなんて。神であっても許されてはならない。


「僕がちゃんと償うさ。だから……」


 エリュは幸せになって欲しいな。愛する人と結ばれて、無理することなく生きて死ぬまで。見守りたいだけ。誰かを贔屓する行為は光の神なら最低だが、闇の神であるシェンには関係なかった。


「さて戻るとしよう」


 エリュと彼女の友人達が待つ青宮殿へ。そこは偽りも策略もない玻璃の器だった。見通せる透き通った美しさを保ち、同時に割れやすい繊細な面を持つ。周囲を緩衝材で包み、大切に守るのがシェンの選んだ道だ。


 ぱちんと指を鳴らして転移した先で、シェンは思わぬ突撃を受けた。


「ぐへっ」


「どこ行ってたの?! 寂しかったんだよ。お仕事終わった?」


 立て続けに捲し立てながら、頭から腹へ突っ込まれたシェンが後ろに転がる。咄嗟に支えたナイジェルが苦笑いした。一緒にいたのに寂しかったと言われ、友人である彼は立つ背がない。それでも仲のいい二人を知るから、文句は言わなかった。まるで双子のように鏡写のシェンとエリュ、納得してしまう。


「一緒に食べるつもりで、夕食を待ってたんだ。行こう」


 リンカに促され、エリュの銀髪を撫でたシェンは立ち上がった。後ろのナイジェルに礼を言って手を繋ぐ。反対の手は、当然のようにエリュが握った。


「今日はね、おやつが凄かったんだから! こんな大きいお菓子だったの。シェンの分は取ってあるよ」


「ありがとう、エリュ」


 いつも通りの会話、なんてことない日常。その陰で己の醜さを自覚したシェンは、少しだけ悲しそうに笑った。

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