107.蛇神は邪神と読み替える

 新たな皇族となり得る縁戚の発見は、公爵家にのみ通達された。彼らの存在を表沙汰にして、外交や政を任せる気はない。能力の有無は不明だが、そういった生活をしてこなかった者に責任が重過ぎるだろう。


 何より、他所からちょっかいを出されるのがシェンは嫌だった。皇族に名を連ねるとなれば、血が薄くても結婚相手として垂涎の的だ。己の価値を知らず、我が身を守る術も学んで来なかった。美味しい獲物が目の前で、無防備に彷徨いたら狩るのが魔族。本能に近い。


「彼や彼女らは皇族の意味が分かってない。でも血を絶やすのはまずい、それは分かるよね」


 以前に悪者を演じたガスター公爵家を筆頭に、3つの公爵家と話を進める。エリュに好意的で、蛇神の加護を引き継ぐ血筋の濃さが理由だった。守護神であるシェンの加護は、少しばかり厄介な面がある。血が薄まりすぎたり、皇族への忠誠心が薄れると消えてしまう。


 これはシェン自身の心境が影響していた。加護を与えた際、彼らに「皇族に対し、誠実であれ」と願う。故に加護の原動力となる魔力は、その願いを特性として備えていた。願いに反する者は、血筋が近くても加護を失うのだ。意図して僕が消すわけじゃないけど。シェンにとって分かりやすい裏切りの証なので、そのままにしてきた。


 3つの公爵家は加護をしっかり残しており、安心して任せることができる。まあ、彼らが裏切ったとしても、ぱくりと飲み込んだら終わりだけどね。シェンはにやりと笑った。


 蛇神の響きは、かつて邪神であった頃の名残りでもある。魔族を庇護する面より、そちらの本性をお望みなら応じるだけの話だった。闇の神の一柱なのだから。


「ブラッド、君は妻帯者だから除外しよう。嫡男ヘイデンもまずいね」


 公爵家の嫡子となれば、血筋は問題ない。だが皇族の夫になれば、宮殿に住まうことになるため、公爵家の血筋が絶えてしまう。それは問題だった。唸るシェンに、ガスター公爵夫人カミラが口を開く。


「失礼ながら、次男、三男、長女がおります。誰かお役に立てますでしょうか」


「うん、ありがとう。決めたら連絡するけど、すでに婚約者のいる子は誰?」


「次男でございます」


「じゃあ、三男と長女の婚約者はまだ決めないでね」


 婚約している子は外す。その理由は簡単だ。貴族の婚約は、家同士の契約に等しかった。一方的に破棄することは難しく、今回は理由を表沙汰に出来ない。協力してくれる公爵家を、窮地に追い込むのはシェンも気が引けた。婚約が整っていない子がいれば、その中から選ぶのが安全だ。


「我らが蛇神様に敬愛を捧げます。当アディソン公爵家に未婚で婚約者を持たぬ者は一人、弟のクラークでございます」


 自己申告したのは、アディソン公爵家のモーリスだ。まだ若い彼は公爵家を継いだばかりで、60歳ほどだったか。外見は20代後半に見える。吸血種のため、いつまでも若い外見を保ち長寿だ。その彼の弟であれば、若く見えるだろう。


「モーリスの弟か。いいよ、候補に入れておくね」


 にっこり笑うシェンに、心酔しているモーリスは膝を突いて感激を露わにした。少し怖いくらいだけど、崇拝されて悪い気はしない。蛇だけど神だからね。信仰は心地よい刺激だった。


「残るは」


 サザランド公爵家だけ。さて、あと数人候補者が欲しいんだけどね。シェンは幼い姿に似合わぬ笑みを向けた。

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