106.人でなしの神が巡らす策略

 青宮殿から離れた奥の庭に面した離宮は、現在シェンが連れ帰った客人が使用している。全部で4人、ガリガリに痩せ細っていた。青白い顔色で、ひょろりと背が高い。幽霊のような彼と彼女らは、与えられた部屋で穏やかに過ごした。


「どう? ご飯食べれてる?」


 顔を見せたシェンに、一番年上の女性が頷いた。


「配慮いただき、ありがとうございます。このように立派な部屋と食事、衣服まで。本当に感謝してもしきれません」


 最初の頃の無口さは、彼女なりの警戒の現れだったらしい。普段は人も通わぬ山奥に、突然現れた幼女と身なりの良い男性。山の中を苦労して歩いてきたようにも見えず、恐ろしかったのだろう。


 それでも生活が良くなると聞いて、全員一緒ならと決断したのは、彼女だ。外見は50歳ほどに見えたが、実際は38歳と若かった。手足の汚れを落とし、着飾ればそれなりに見える。顔や手足に刻まれた傷や皺を消しただけで、見違えるほど若返った。


 治癒を駆使したシェンは、にこにこと笑顔を振りまいた。この場で保護しているのは、この女性アンバーを筆頭に若い者が多い。血筋にミランダの匂いが混じっていることから、皇族として迎えるに問題はなかった。


 表に出す必要はないが、こうして離宮で養って親族を増やす手伝いを頼むことは出来る。アンバーの娘アゲートに、彼女の弟ルチルや甥のジェードがいた。一番年上のアンバーが38歳なのは、それより年長の親族が亡くなったことを示している。


「ねえ、何であんな不自由な場所に暮らしてたの? 探すのが大変だったよ」


 無邪気なフリをして黒髪幼女が尋ねる。少し困った顔をした後、アンバーが溜め息をついた。


「私の夫は事業をしていました。騙されて借金を背負い、あの山に逃げたんです。追っ手を恐れて奥へ進み、ようやく人が来ない場所へ辿り着いた。でも環境が厳し過ぎて」


 父母はまだ早い年齢で亡くなった。責任を感じて里へ買い出しに出た夫は、途中で獣に襲われる。傷を負って戻った彼は、間もなく傷が原因で命を落とした。徐々に蝕まれる体は、山奥での生活に順応するより早く傷んでいった。


 事情を聞いたシェンは「そう」と慰めにならない相槌を打った。幸いにして、全員がミランダの血を感じさせる。守護するには弱い残滓だが、受け継ぐ間に再び蘇るだろう。皇族の血を僅かなり受け継ぐ貴族との婚姻が、この4人の血を活性化させるはず。


 あの時の悲劇を、再び起こさないために。シェンは悲しい思い出を振り切るように首を横に振った。


「もう大丈夫だよ。ここで暮らせる。お金も一切心配しないで。素敵な人を紹介するから、結婚して僕達の親戚を増やしてよ」


 目的をぼかしたまま、曖昧に未来を示す。自分が狡いことは承知している。それでも本当の話をするのは、まだ早い。残酷過ぎるだろう? 繁殖のために君達を飼う、なんて――いくら人でなしの神であっても、口にしたくないんだから。

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