103.山奥に隠れ住む親族

 ナイジェルとリンカが休みの日に合わせ、シェンは宮殿を出た。お仕事と言われれば、エリュは素直に諦める。この物分かりの良さも、事情を知るシェンには可哀想に思えてしまう。


 父母が生きていたら、我が侭を口にできただろうに、と。エリュにお土産を買ってくる約束をして、ベリアルと転移した。残してきたリリンが、騎士を配置して警護を行なっている。心配はなかった。


 飛んだ先は山奥だった。かなり山頂に近い場所にあり、村と呼ぶほどの集落ではない。僅か3軒ほどの家が並び、畑が少し広がる程度だ。よそへ売るほどの量は作れないだろうから、自分達の消費分だけか。お世辞にも、豊かな暮らしに見えなかった。


 飢えずに冬を越すのがギリギリか。木造ではなく、石造りの建物は大雪で潰れる心配はない。扉は木製のため、ノックすると音が響いた。


「はい」


 応えと同時に扉が開き、現れたのは50歳代に見える女性だ。年齢を感じさせる皺が刻まれているが、実際は10歳近く若いはず。鑑定を使って判断しながら、シェンは愛想良く笑みを浮かべた。さりげなくベリアルと手を繋ぐ。


「あの、僕の親族がいると聞いて……訪ねてきたんです」


 エリュの立場を装って話しかける。ベリアルが微笑んで続けた。


「どうしても会いたいと駄々を捏ねられまして、失礼ながらお会いしに伺った次第です」


 義理の叔父という血の繋がらない親戚のフリをしたベリアルは、さり気なく食料品を収納空間から出した。外交を担当するだけあり、相手の表情を見ながら差し出す。


「こちらは手土産です。お話を聞かせていただけませんでしょうか」


「どうぞ」


 言葉少なに誘われた室内は、質素と表現するより粗末の方が近い。土を固めた床に、木製の家具が並んでいた。といっても、机椅子、棚くらいだ。ベッドは上だろうか。


 クッションがないようで、代わりに渡された布を数枚重ねて座るよう促された。これは服かも知れない。彼女なりに持て成す気はあるらしい。土産物が効果的だった可能性もあるが。


 礼を言って座ったシェンが、机の下で合図を送り、さらに土産を並べた。干し肉や乾燥豆など日持ちする物から始まり、生の魚や肉も渡した。目を見開いて驚く彼女相手に、本題に入る。


「ご先祖が繋がっている可能性があって、何か分かるものをお持ちですか」


 ベリアルが話す間、じっと観察を続けたシェンは鑑定の結果と合わせて結論を出した。この女性は、ミランダと血縁関係の可能性が高い。初代皇帝アンドレア・ミランダに近しい匂いがした。ベリアルに「当たりだ」と合図を送る。


 女性が出した家系図のようなものを吟味していたベリアルが、穏やかに切り出した。


「この山を降りて、親族と一緒に暮らすつもりはありませんか? もちろん、生活の面倒はすべて私が責任を持ちます」


 女性は静かに目を伏せた。考えること数分、しばらくして小さく頷く。


「他の子も一緒で構わなければ……お願いします」


 シェンとベリアルは顔を見合わせ、当然だと請け負った。

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