102.傍流でも皇帝の血筋が本物なら

 毎日の生活が少し変わった。朝起きて、4人で一緒に朝食を食べる。学校へ向かうリンカとナイジェルを見送り、エリュとシェンは仲良く机に向かった。一緒に本を読み、礼儀作法の簡単な部分から覚えていく。最近は侍女のバーサが食事のマナーを担当していた。


 留学という名目で魔国ゲヘナへ来た二人は、学校へ行かない選択肢がない。だが、おそらくエリュが通学することはないだろう。彼女にケガを負わせれば、蛇神が黙っていない。もし命の危機に瀕したら、国が滅びるのだから。宮殿を出るにも、細心の注意が必要だった。


 他に皇族がいれば、このような心配はいらない。誰か生き残ればいい。まとめて警護する都合上、過去の皇族はすべて宮殿の敷地内で暮らしていた。皇女であっても婿をとり、敷地内から出ることはない。それだけ数が少なく、危害を加えられる可能性を考慮して生きてきたのだが。


「そんな退屈な未来しか用意できないなんてさ、僕は能無しだと思うわけ」


 外交について講義に訪れたベリアルを捕まえ、ぼやいてみるシェン。もし蛇神が魔族の生命を握るなら、話は簡単だった。自分が死ななければいい。宮殿の敷地内で息を潜めなくても、外に出て自由に過ごせただろう。アドラメレクも強かったが、妻子を人質に取られたら終わりだった。


 その点、シェンは神だ。圧倒的な力と支配権を手にした彼女が、遅れをとる心配はなかった。幼く、魔力による制圧もできないエリュが、重荷を背負うことが哀れに思える。お昼寝を始めたエリュの銀髪を撫でながら、ベリアルは小声で囁いた。


「シェン様、実は……初代皇帝陛下の血を受け継ぐ、別の一族がいると噂が」


 ベッドで眠るエリュに結界を張り、音を遮る。それからシェンはベリアルに向き合った。


「初代といえば、アンドレアのことでしょ。その頃に同じ血を持つ子……数十年後に生まれた弟がいたね」


 記憶をたどり、思い出したのはアンドレアの家名を持つミランダの弟だった。名前は思い出せないが、確かにいた。皇帝の座に就いた後で生まれたため、当初は皇太子にするか迷ったんだっけ。


「弟君は皇族にならず、獣人系の女性と結婚しました。その際に男女各1人ずつ子が生まれ、男性の血筋は絶えております」


 途中で血筋が消えた。子孫が出来なかったか、または何らかの事故や事件で死亡したのだろう。とすれば、娘の血筋が残っている。


「皇族として使えるの?」


「分かりませんが、一度お会いして判断していただけたら助かります」


「うん、いいよ。エリュのためだから。もし親類が残ってるなら、遠い血筋でもエリュにとって大切な切り札になる」


 僕にとって大切なのはエリュで、皇族の血筋じゃないから。言い切ったシェンへ、ベリアルはよく似た表情を浮かべた。黒い感情を滲ませた、どこか残酷な印象を与える笑みだ。口元が上がっているから笑みに見えるが、実際は微笑んだわけでもなかった。


「エリュ一人で皇族を増やせなんて、無茶苦茶言われる前に手を打とう。ベリアル、手配して」


「かしこまりました」


 大筋で話が決まると、シェンはベッドに潜り込んだ。抱き締めたエリュの髪に口付ける。すべてを承知した様子で、ベリアルが退室した。


「僕が追えず、気づけなかった血筋? 本物ならいいけど」


 結界を解除したエリュの耳元で、大好きと呟いて、シェンは目を閉じた。実際に会ってみれば、使えるか分かるよね。

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