96.報復など楽しいわけがないのに

 ――見つけたよ。


 声なき声が響き、魔術師達は悪寒に身を震わせた。攫ってきた子どものうち、魔力が高かったり珍しい種族の者を残す。それ以外は物好きな貴族に売り払った。研究資金を稼ぐためだ。


 自分達の魔術の研究に使える材料と判断した子も、そろそろ処分する時期だった。逃走を防ぐために手足を奪い、ツノや牙を折って利用した。その羽や鱗も、すべてが魔術の材料となる。人族には手の届かない能力や高い魔力を秘めた部位は、子どもごと攫えば容易に手に入った。


 良心の呵責など欠片もない。魔国ゲヘナは建国祭の期間、他国からの観光客に開放される。その間に攫えるだけ攫い、利用して処分すれば足もつかないはずだった。高度な転移魔法陣も与え、現地で手足となる破落戸を雇う。王宮魔術師である彼らへ繋がるルートはなかった。


 地下室の子ども達は最後に血を抜き取り、残った肉を冷凍保存するか。次に作るキメラの餌にちょうどいいだろう。今回作り上げた研究成果のキメラはすぐに死んだが、それらも解体して活用する予定だった。


 こんなに簡単に、必要な材料が手に入ると言うのに。誰もが蛇神の祟りを恐れて魔国へ手を伸ばさない。愚かなことだ。他国の魔術師が怯える理由が分からぬ愚者は、己が賢いと錯覚した。小国アイヒホルンは魔術の世界においては大国と肩を並べる。


 作物がろくに育たず、鉱石を細々と輸出して食料を得る岩山ばかりの国だった。それゆえに体術に優れた戦士を多く輩出し、同時に魔法に特化した魔術師も生みだす。ドラゴンが眠る山に生まれ育った恩恵だろう。厳しい気候と環境の中、それでもアイヒホルン国は存続し続けた。


 いつか大国の領土を奪い、人族を支配する夢を持つ。それは悪いことばかりではない。夢や希望は人が生きていくにおいて必要不可欠なのだから。だが、その夢を果たすのに誰かを犠牲にするのは間違っていた。彼らにそれを教える者はおらず、故に暴走する。


 ――神の鉄槌は平等である。誰の上にも、生まれの貴賤もない。ただその行いと心の有り様に従い、公平に罰は下されるのだ。人はそれを神罰と称した。






 ドンッ!


 激しい光と衝撃が魔術師を襲う。王宮魔術師の肩書きを持つ強者達は、受け身も結界も間に合わず吹き飛ばされた。呻いて転がる男達を睥睨する幼女は、ふわふわと宙に浮いている。背に翼もなく、ただ魔力のみで浮遊するシェンは、底の見えない笑みを向けた。


「まず、手足かな。牙の代わりに歯を、耳も要らないね。あとは羽は持ち合わせてないから、魔力を封じて血や皮膚も奪わないと。あ、そうそう……目玉もくり貫かなきゃ」


 わざわざ口にしたのは、子ども達もそうして震えながら体を奪われたから。にやにや笑いながら、汚い手を伸ばして目玉をくり貫かれた子の痛みと恐怖を受け継いだ神は、容赦という単語を切り捨てた。


 恐ろしい案を口にしながら、幼女は己の力を振るう。悲鳴と苦痛の叫び、助けを乞う声が響き渡る中、報復を終えたシェンは大きく溜め息を吐いた。こんなこと、楽しいわけがない。骨になったあの子が生きていたら、ここまでしなくて済んだのに。


「安心して、すぐに死なせたりしないよ」


 まったく安心できない要素を口にし、神は無慈悲に公平に力を振るった。彼らがいつ「死ねる」のか、それは魔族の守護神であるシェーシャ次第だった。

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