95.ごめんね、僕が遅過ぎた

 人族の中に転移したシェンは、己の正体をバラして交渉を持ちかけた。最初から威嚇する態度を隠さない蛇神と、穏やかに交渉を始める宰相ベリアル。互いに演出した効果は抜群で、すぐに国が動いた。


 兵を出し、魔族の子を探す。その協力者として妖精族の騎士が合流し、思わぬ速さで発見された。ほとんどは貴族の屋敷で、愛玩動物の代わりとして購入され、地下室や部屋に閉じ込められていた。


 魔術師が介入したと聞いて、魔術の材料にされた懸念もあったが、ほとんどは逆らわぬよう首輪を付けたり魔法を掛ける程度の関わりらしい。ほっとしたが、どう調べても数人の子が発見できなかった。


 ここ数年の行方不明者リストを手に、シェンは魔力を探る。人族の魔術師や妖精族の魔力は、魔族とは種類が違った。薄くなった魔族の痕跡をたどり、探り、追いかける。地道な作業は、数時間で実を結んだ。


「いたよっ!」


 数人の魔力が集中した部屋がある。地下室だろうか。反応が遠いが、シェンは気にせず飛んだ。薄れかけた魔力の細い糸を手繰り寄せる。


 飛んだ先で、絶句した。


「……なんてこと、を」


 幼子の気配が希薄だった理由が判明する。生きているのが不思議だった。手足を切り落とされ、ツノや羽を奪われ転がる。無反応の子ども達は、虚ろな目で宙を見ていた。きっと何も見えていないのだろう。物理的な意味ではなく、精神的な意味で。真っ暗な闇の中と同じだ。


「っ!? あ、うぐっ」


 何かを言おうとしたベリアルは、手で口を押さえて嘔吐を堪える。切り落とされた部位は部屋にない。冷えた石の床と壁、子ども達は服や毛布もなく転がされていた。血の鉄錆びた臭いが充満し、排泄物があちこちに残されたまま。


 傷口への治療もなされていなかった。部屋の隅にある小さな骨に、シェンは近づいて声をかける。


「ごめんね、僕が遅過ぎた……でも連れて帰るよ」


 一人分だろうか。その骨を大切に抱えて、収納から取り出した美しい布に包んでいく。艶のある黒絹で覆った骨を、ベリアルに手渡した。捜索に加わった妖精族の騎士は言葉もなく立ち尽くし、我に返ったようにマントを外して幼子を包む。


「悪いけど、先に帰ってくれるかな。僕はまだやることがあるから」


 シェンの黒髪が揺れる。結んでいた紐が切れて、ゆらりと髪が宙に踊った。幼い体を包んで揺れる魔力は、可視化されて銀色の光を放つ。


 広がる光に触れた子ども達は、表情を和らげる。治癒の意思を持った魔力が、彼と彼女らに注がれた。付け根から切り落とされた腕が再生し、失った足が元通りに生えてくる。一族の特徴を示すツノも、羽や鱗、牙に至るまで。奪われた魔族の肉は、守護神によって復活した。


 目を抉られた子が見えることに驚いて声を上げる。獣の耳を切り落とされた子も、ぴるんと耳を揺らした。本来の姿を取り戻した子ども達と目を合わせ、彼らの記憶を奪う。覚えていない方がいい。それに、犯人に繋がる情報は、これからの僕に必要だから。


「ベリアル」


 名を呼ぶことが命令になる。子ども達を魔国ゲヘナへ戻せ、と。


「お気をつけて、シェン様」


「うん。すぐに戻るよ。エリュと約束したからね」


 ベリアルが魔法陣を使って転移し、連れ帰った子ども達は両親と再会する。辛い記憶を消した元の姿で、新たな生活を始めるだろう。奪われた時間は戻らずとも、命は救われた。


「何年ぶりかな、こんなに怒ったの」


 ぼそっと呟いたシェンは、赤い瞳を爛々と輝かせる。その口元は歪んだ黒い笑みが彩った。幼女の愛らしい姿だからこそ恐ろしい。


「同じ目に遭わせてあげなくちゃ。世界は平等で、神は罰を下す権利がある」

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