97.後悔は過去じゃなくて未来のため
落ち込んだ様子で戻ったシェンに、エリュは一生懸命手を伸ばした。慰めるために明るく振る舞い、一緒にご飯を食べてお風呂に入る。もちろん、寝るのは同じベッドだ。何も出来ないけれど、少しでも近くで安心して欲しかった。
「ごめんね、エリュ。少しだけ聞いてくれる?」
ずっと黙りこくっていたシェンが口を開いたのは、翌朝のことだった。まだ建国祭の期間中で、街への外出が許されている。それでもシェンが落ち込んだままなら、一緒に宮殿に残るつもりのエリュは目を輝かせた。
「うん、聞かせて」
お話の内容は分からない。きっと難しい話で、シェンの力になれる可能性は低かった。それでも、相談してくれるのが嬉しい。自分の力が足りない部分は、友人はもちろん両親代わりの二人も協力してくれると思う。
「僕がきちんとしてないから、起きて仕事をしなかったから。取り返しがつかない失敗をしたんだ。全部僕のせい」
詳しい内容は分からないけど、エリュはじっと聞いていた。頷いて続きを待つ。
「国民は大切な存在なんだよ。それなのに、僕のせいで失われちゃった」
「シェンが殺しちゃったの?」
「違うよ……いや、そうかも」
「齧った?」
首を横に振る。飲み込んでもいないし、叩いても殴ってもいない。蹴飛ばしてなくて、潰してもいないなら……違うんじゃないかな。エリュはそう結論づけた。ひとつずつ尋ねて、首を横に振るシェンを見守る。
「あのね、後悔って未来のためにするんだって」
後で悔いると書く後悔は、まだ幼いエリュが知っている言葉のひとつだ。後悔して泣くくらいなら、先に動け。そう教えてくれたのは、誰だっただろう。思い出そうとすると懐かしくて、もしかしたらエリュに向けられた言葉ではなかったかも知れない。それを大切に覚えていた。
「未来のため?」
「うん、ベルに聞いたの。後悔は後になって「こうしけばよかったな」「やらない方がよかったかも」って思うことでしょ? それはもう未来で失敗しないように、自分に言い聞かせるのと同じだよって」
未来で同じ失敗をしないため、繰り返さないための後悔――前向きすぎて、自己弁護に聞こえるほど。それでも間違っていなかった。真理をついた言葉で。気づけば、ぽろりと涙が溢れていた。
「シェンはね、すごく頑張ってるの。だから私がよしよしするね」
撫でる幼子は、この世に生まれて4年余り。まだまだ未熟な存在で、それゆえに純粋だった。
ああ、この子を守らなくては――すとんと腑に落ちた。エリュを守るために目覚めて、彼女の治世を支えて願いを叶える。ただそれだけでいい。誰にも否定させないと覚悟が決まった。
「今日はずっと、手を繋いでいて」
お出かけはするだろう。リンカやナイジェルも楽しみにしている。リリンやベリアルが仕事だから、余計に。僕が守るのは確定だけど。ひび割れて泣き出しそうな心を、エリュが守ってくれるから。
「うん、おトイレも手を繋いでようね」
「ごめん。その時だけは離してくれる?」
ぷっと吹き出し、笑い合って準備を始めた。刺繍が入った去年の上着、まだ羽織れるかな? きついと言いながら袖を通し、前を留めずに走り出す。さあ、後悔を少しでも減らすための未来へ歩き出そうか。
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