88.子どもの成長は早いもの

 リンカが気になって立ち寄ったのは、文房具が並ぶ店だった。出店の形なので、商品の色や種類はある程度限られている。それでも見つけたペンと文鎮を買った。ナイジェルは考え込んだものの、購入を控える。


 じっくり考えて、シェンはインクを数種類選んだ。真っ赤ではないワインのような暗い色と、黒に近い紺色、明るい緑だった。


「何を描くの?」


「お絵かきじゃなくて、手紙を書くんだよ。お勉強にも使えるからね」


「ふーん」


 すでにガラスペンを数本所有しているエリュは、興味深そうにインクを眺め始めた。気に入った色があれば購入するつもりだが、首を傾げた様子にベリアルが声をかけた。


「インクは割れやすいですし、また今度にしませんか」


「うん、今度にする」


 シェンはさっさとポーチを隠れ蓑に、収納空間へインクを放り込んだ。ここならば割れる心配は不要だった。


 右手をシェン、左手をベリアルと繋いだエリュはご機嫌だった。笑顔を振りまきながら、祭りの大通りを進む。


「あの店に寄っていいか?」


 ナイジェルが何か見つけたらしい。今日は行き先を決めていなかった。ふらふらと歩いて、気になれば立ち寄るスタンスだ。問題ないので、指さされた店に全員で近づいた。


 露店に近い。テーブルに商品が入った箱を並べただけの、シンプルな展示方法だった。いわゆる魔石と呼ばれる、パワーストーンの一種だ。魔族にとって身近な石だが、人族には珍しいようだ。他国からの観光客も多い建国祭に合わせ、こういった出店も多かった。


「シェン、どれがいい?」


 まるでプレゼントするために尋ねたように聞こえるが、この場で一番目利きに声をかける。幼女姿のシェンがじっくり眺め、一つの石を指差した。


「これ」


 乳白色で、一見すると地味だ。他の石のように光っていないし、透明でもなかった。一番安っぽい感じなのに、もっとも魔力が含まれている。魔石は、魔法を使うときの補助に使える利点があった。そのため人族の魔術師は欲しがる。


 ナイジェルも多少の魔法が扱えるため、興味を示したのだろう。体内に大量の魔力を内包する魔族や妖精族は、魔石に頼ることは少ない。迷うことなく、彼はシェンの指差した石を買った。子どもの小遣いで買える程度の魔石だ。店を離れてから、首を傾げた黒髪幼女は素直に尋ねた。


「ナイジェル、何に使うんだ?」


「小さな魔道具の動力に出来ないかと思って。まだ研究中なんだけど」


 魔道具は魔力を注ぐと動く。火を灯したり、水を出したり。日常の道具として人族の貴族に人気があった。動作の条件として魔力を注ぐ必要があるため、魔法を使える者しか扱えないのが欠点だ。


 ナイジェルが考えるのは、その欠点を補う方法だった。エリュに大きな魔力がないと知った日から、ずっと考えていたらしい。魔石から魔力を引っ張り出す仕組みを作れたら、試してみたいと。


「エリュも魔法が使えたら楽しいかな、ってさ」


 照れたように笑うナイジェルの横顔は、出会った日から一年足らずで大きな成長を感じさせた。

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