86.子どもの目線で見る重要性

 メレディスの店は、閉店のお知らせが出ていた。昨日まではなかった張り紙だが、宮殿での生活のために店を閉める告知をしたのだろう。鯨の形をした看板が静かに揺れる。


 薄暗いが落ち着く店内を見回し、ベリアルは意外そうな顔をした。シェンやリリンの説明から、派手な店を想像したようだ。木製の家具や落ち着いた雰囲気に、周囲を見まわしながら席に着いた。


「今日も来てくれたのね、そちらは?」


 オネエ様ことメレディスは、にこにことベリアルを示す。それから慌てた様子で名乗った。


「ごめんなさいね、私が先に名乗るわ。メレディスよ」


「ベリアルです」


 最小限の名乗りを交わした二人は、探るようにお互いをじっくり眺めた後、口を開かずに曖昧に微笑んだ。第一印象はお互いに微妙らしい。この辺はリリンの親族なら納得の状況だった。出会った当初のリリンとベリアルは犬猿の仲だったのだから。


「お腹すいた、メレディス」


 場の空気を読まないのがナイジェルの長所で、短所でもある。あらあらと笑ったメレディスは「おまかせでいい?」と確認してから奥へ消えた。料理を始めた包丁の音や、何かが焼ける匂いが漂う。


「シェン様、どうしてここの店主を誘ったのですか?」


「うん? 料理が美味しかったし、エリュが懐いたからね。リリンの親族なら身元もしっかりしてる。問題ないでしょ?」


「問題は……ないですね」


 微妙な顔をしながらも、ベリアルは同意した。こうして条件をあげていくと、特に問題はない。たとえ性別を変更していたとしても、魔族にはそういう種族もいた。ラミアなどがいい例で、普段は女性ばかりの種族だが、繁殖期に数人が男性に変化して生殖するのだ。


 その意味で、人間や妖精族より魔族の方が偏見は少なかった。それでも生来の性を偽る者は目立つ。


「お待たせ。火傷に気をつけて食べてね」


 並べられた料理は熱々で、湯気が立ち上っている。魚介類の白いスープに、昨日と同じ様々なパンの山盛り。エリュが気に入ったホワイトソースと、ブラウンの挽肉入りソースを挟んだ料理。グラタンに似ているが、上にチーズは乗っていなかった。


「私はこれ」


 エリュが二色のグラタンを選んだ。大皿から取り分ける。リンカはスープを先によそい、ナイジェルはパンを選び始めた。勝手に食事を始める子ども達に、ベリアルは驚く。普段は侍女がいて取り分ける食事をする皇族や王族が、自分で取り分けているのだ。


「ベリアル、早くしないとなくなるよ」


 くすくす笑いながらシェンが注意する。向かいに座ったメレディスは、肩を竦めた。


「まだあるわよ、ハンバーグとか」


「俺、ハンバーグがいい!」


「ふふっ、そう言うと思った。もう焼いてるわ」


 オーブンで焼いたらしく、メレディスはすぐにハンバーグを持ち帰った。大きな鉄の皿に丸いハンバーグがいくつも並んでいる。その上からブラウンソースとチーズがたっぷり載せられ、焦げ目がつくまで焼いてあった。


 ハンバーグも食べると騒ぐエリュに、ベリアルは頬を緩めた。なるほど、シェン様がメレディスを選んだ理由がわかった気がします。

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