73.我が侭を形にした側近指名
他国から来た「嫁候補」と「婿候補」にあえなく振られた貴族の標的は、エリュに絞られるだろう。こうなると、女性体ではなく男性体になるべきだったと悔やまれる。少なくとも彼女が成人するまでの虫除けは出来ただろうに。
「シェン、リンカ達のお話終わった?」
そわそわしているのは、また遊びたいのだ。まだ幼いエリュも、外交の仕事中に邪魔をする気はない。この辺はベリアルやリリンの仕事ぶりを見て育った影響だろう。仕事は優先されるべきと考えているようだった。
「エリュ、もっと我が侭言っていいんだよ」
「ううん。エリュが我が侭になったら、ベルが困るもん」
その言葉を聞いて、目頭を押さえてる男を張り倒したい。感動する場面じゃなく、自分の不徳を悔いる状況だ。
「我が侭言ってよ。僕は自由なエリュの方が好きだからね」
「うん……頑張る」
我が侭を口にするのも、頑張るのか。この子はなんでも我慢しすぎるね。シェンは困ったような顔で笑った。
「エリュ!」
駆けてきたナイジェルが、いつもの癖で名を呼ぶ。が、ここは玉座のある壇上だ。エリュはどうしたらいいかを僕に問う。その眼差しに頷いて助言した。
「我が侭を言ってごらん」
「ナイジェル王子殿下、ゲヘナの皇帝陛下に失礼ではないか」
こつんとリンカが拳骨を落とす。痛かったのか、顔をしかめたナイジェルが「やっちまった」とぼやいた。頭を両手で撫でながら、少し涙目だ。
「遠いね」
ぽつり呟いたエリュの声は、寂しいと聞こえた。友達なのに立場で距離を置かれるのは寂しい、悲しい。本音が溢れる声色に、シェンは肩を竦めた。もう少しで我が侭に到達しそうなんだけど、仕方ない。
「僕の権限で、二人にエリュの側近の地位を与える。エリュの成長のために尽くしてくれ。あ、それと……名前はお互いに呼び捨てで」
魔族の守護神が宣言すれば、皇帝の言葉より上位になる。集まった貴族や他国の使者が一斉に頭を下げた。この距離感が寂しいと感じるなら、エリュは正常に育ってるね。微笑んだ僕に、エリュは小さく「ありがとう」とお礼を言った。
祝賀会は恙なく中盤を迎え、エリュは眠い目を擦りながら玉座を降りた。ここから先は皇帝不在の無礼講となる。子どもが参加する時間は終わりだった。
一様に頭を下げて見送る中、僕とエリュは手を繋いで歩く。少し離れた後ろを、リンカとナイジェルが続いた。側近を申し付けたから、これが正しい。
「シェン様、ありがとうございます」
広間を出ると、前に進み出たベリアルが頭を下げた。本当は側近を決めるのも、発表もベリアルの役割だ。僕は君の仕事を奪ったんだけど、感謝されちゃった。苦笑いするシェンに、エリュは思わぬことを口にした。
「シェンはいつも優しいの。辛くない?」
辛い? 初めての質問に、何も答えられなかった。
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