65.仕事が終われば、急いで戻る!

「僕って信用なかったんだな」


 しょんぼりと肩を落とすシェンに、リリンは慌てて両手を振り回して言い訳を始める。


「信用してないわけじゃありませんわ。ただ、シェン様のお力が大きいから……ほら、力加減を間違うこともあるじゃないですか」


「それが信用してないっての」


 ぺろっと舌を出して、気にしてないと笑う。シェンに騙されたリリンは、安堵のあまり座り込んだ。


「びっくりしましたわ。でもよかった」


 やり過ぎたと反省したシェンが謝るのを抱き上げ、リリンは用意してきた魔法陣を握り締める。夜は白々と明け始めていた。足元には右腕を失い、気を失ったバティン伯爵が転がる。家族を含めた同族と使用人も同様だった。


「全部連れて戻る! 急げ」


「「はっ」」


 敬礼した騎士が合図を送ると、屋敷内の確認を行っていた数人が駆け戻って報告する。もう隠れた者は確認できないと聞き、罪人を連れて騎士団の中庭へ飛ぶこととなった。ちなみに騎士や兵士はそのまま置いていく。彼らは主人不在となった屋敷で、証拠品集めや余罪がないか調べるのだ。


「頑張ってね」


 幼女らしい笑顔で手を振って、魔法陣に乗って飛ぶ。一瞬で景色が切り替わった。明るくなった中庭に、どさりと罪人が転がる。


「お疲れ様です! あとはお引き受けします」


「きっちりお話聞いてね」


「「はっ」」


 可愛い言い回しだが、一切の容赦なく尋問しろと言い残す。シェンはリリンに抱かれたまま、青宮殿がある東側を指さした。


「早く戻らないと、エリュが起きちゃう」


「走りますのでご注意を」


 事前に警告したリリンが、ヒールの踵で石畳を蹴った。べこっとおかしな音がするが、仕方ないだろう。シェンは聞かなかったフリ、見なかったフリを貫いた。一歩が空中を舞うように長く、着地して床を蹴るたびに破壊音が響く。


 強烈な圧力と風が吹きつけるが、シェンは平然としていた。この程度なら、自分で空を飛んだ方がよほど圧を感じる。黒髪がひらひらと乱れるが、大した問題ではなかった。あっという間にたどり着いた青宮殿の廊下に駆け込む。侍女ケイトが開いた扉をすり抜け、ウィンクしてベッドに潜り込んだ。


 もそもそと中央へ寄れば、何かが邪魔をする。まだカーテンで朝日を遮る室内は暗いが、蛇神には関係なかった。蛇は視覚に頼らない。優れた嗅覚とソナーで感じ取ったのは、エリュが抱き締める大きなぬいぐるみ。柔らかいそれを動かして隙間を作り、エリュを抱き締めた。


 もう少ししたら、エリュが起きる。それから僕を起こしてくれるはず。幸せな毎朝の習慣を思い浮かべ、シェンは目を閉じた。

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