64.使い道あるから、まだ潰さないでぇ
「貴様ら、何者だ!?」
「うわっ、近づくな」
使用人が叫ぶ声が屋敷に響いた。騒ぐ住人を、騎士や兵士が拘束していく。その脇を魔力で包まれた男が駆け抜けた。バティン伯爵だ。家族を見捨てて、自分だけ逃げるつもりのようだった。
「待て! くそっ、誰か止めてくれ」
叫んだ騎士に、思わぬ返答が返った。
「分かった、任せて」
幼女の声に焦る。この声は外で待っているはずの、蛇神シェーシャの化身だ。
「いや、自分でやるからいいですぅ!!」
「もう遅い」
すっぱり切られて項垂れた。上司のリリン将軍に叱られてしまう。八つ当たり気味に、捕まえた使用人を突き飛ばした。魔法で乱暴に拘束し、次の男を掴む。これまた縛り上げて床に転がした。
「シェン様、大丈夫かな」
「あの方に勝てる人なんていないだろ」
からりと笑う同僚に溜め息をつき、首を横に振った。心配の方向性が違う。
「そっちじゃなくて、さっき逃げた伯爵の方を心配してるんだ」
「ああ、そっちか。自業自得だから仕方ないだろ」
同僚の言い草に、それもそうかと納得した。罪人を捕らえにきたのだ。多少手荒でも構わない。それが神罰なら尚更だった。
「ちょっと、シェン様見なかった?」
「あちらへ逃げたバティン伯爵を追って……」
「もうっ! まだ潰さないでよ」
飛び込んだリリンは、騎士が指差した方角を確認すると走り出す。現場に出るときも常にヒール姿のリリンは、踵の音を響かせて追いかけて行った。
「……やっぱり不安だな」
「潰すって、何を?」
顔を見合わせた二人はぶるりと身を震わせ、聞かなかったことにした。まだ逃げようと試みる使用人や屋敷の住人を相手に、格闘する部下の手助けに入る。
その頃、バティン伯爵は庭で追い詰められていた。塀に背中を押しつけ、ずりずりと蟹のように横歩きを始める。追うのは黒髪の幼女、シェンだ。結んでいない黒髪の毛先を指で回しながら、笑顔で付いていく。やがて、伯爵は塀の角に行き当たった。
「逃げるのは終わり? 僕はね、魔族の庇護者だ。それは種族や貴賤に関係ない。土竜族は古くからあの山を住処とし、僕にとっては親しい一族なんだ。それを罪人にして追い出すために、罠に掛けたと聞いて……僕が何もしないわけないだろう?」
幼女の口から出てくる言葉に怯える伯爵が、胸元から短剣を取り出した。小首を傾げて待つシェンへ向けて、剣を振り下ろす。
「うわぁあああ! 死ねぇ!!」
「僕の話をちゃんと聞いてた?」
魔族の庇護者が、一魔族に負けるわけないだろ。それもお前の実力は中の下とこき下ろしながら、シェンは右手を軽く振った。そこに握られたのは、先ほど取り出した鎌の小型バージョンだ。身長に合わせて短くなった鎌を振り上げ、短剣を弾いた。
「シェン様っ! いた!! まだ潰さないでぇ」
証人として連れ帰らないと、土竜族の若者が罪人になっちゃいます。叫びながら駆け寄るリリンを振り返ったシェンに向け、再び剣先が襲い掛かる。
「ったく、そのくらい僕だって分かってるよ」
ぼやきながら、視線もくれずに伯爵の右腕を切り落とした。
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