45.準備は整い、舞台の幕が開く

 豪華で煌びやかな衣装を好むのは大人だけらしい。不満に頬を膨らませたエリュは、隣で同様に着飾るシェンに目で助けを求めた。だが諦めろと首を横に振るしかない。


 皇帝エウリュアレが初めて民の前に顔を見せる。よく言えばお披露目の場だった。着飾るのは義務に近い。皇帝陛下が見窄らしい恰好で現れたら問題だし、たとえシンプルでも上質な服を身に纏うのは譲れなかった。


 今回用意した服はシェンとお揃いだ。これは仲の良さをアピールすると同時に、エリュを守る盾でもあった。黒髪と虹の銀髪なので、衣装も両極端な色だ。シェンは赤を基調とし、エリュは青だった。互いの髪色が映えるドレスは、プリンセスラインでスカートが膨らんでいる。


「中がごわごわする」


「でも可愛いでしょ」


 文句を口にしたエリュに、シェンがにっこり笑うと頷く。ドレスのデザインを選んだのは、エリュ自身だ。表に出る機会がなかったので、ドレスの見本の絵を指差した。


「絵本のお姫様みたいだよ」


「お姫様も、ごわごわするのかな」


「そうだね」


 ふふっと笑うシェンが曖昧に返した。体に沿うドレス以外は、すべてパニエなどでスカートを膨らませる。子どもだから見えてしまわないよう、ドレスの下をゴワゴワするパニエで作らせた。侍女ケイトの苦肉の策だろう。


 針金は危険だし、転んだり裾を踏む可能性がある。硬い生地で膨らませるのが一番安全だった。さらにスカートが捲れても、足が見えないのも考えられている。現時点で最適な装備だった。


「エリュ、この服なら短剣を足に隠せるよ。ほら、女騎士の絵本にあったじゃない」


 歩きにくく動きづらい。不機嫌になりそうなエリュの気を逸らす。足にガーターベルトのように留めて、プレゼントされた短剣を付けたら英雄と同じだ。そう告げる。実際は魔法で固定するし、魔法で重さも調整する必要があるけど。


 エリュはそんな細かい事情は関係ない。顔の大半を占める大きな目を輝かせた。絵本の読み聞かせをせがんだ、お気に入りの絵本。主人公の女性騎士に憧れているのだ。彼女と同じと言われたら、気持ちが騒がないはずはない。


「本当?」


「ああ、こうやって付けたらそっくりだ! ドラゴンの騎士は文句や不平を言わないだろ? エリュも頑張れるよね」


「がんばる」


 ぐっと拳を握ったエリュは、その拳を解いた。差し出された指を絡めて約束する。何枚も重ねた絹のスカートの内側には、護身用の短剣が隠された。その上からそっと手で撫でて、エリュは嬉しそうに笑う。


 アクセサリーもすべて身につけて、最後にエリュにティアラを装着する。重さ軽減の魔法をかけて、完成だった。


「よし! 一緒に行こう。いっぱい人がいるから、僕と繋いだ手を離さないでね」


「いいよ。エリュがシェンを守ってあげる!」


 僕の言葉を「人がいて怖いから離れないで」と受け取ったみたいだ。シェンはふふっと頬を緩め、頼もしいなと返した。踏み出した先は味方より敵の方が多い。


 エリュの未来が素晴らしいものになるように――僕は庇護者として彼女を守ろう。舞台の幕が開くのが待ち遠しいな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る