44.企み事は甘いゼリーに込めて

 魔法で作った水を浴びて遊び、灯りの魔法を練習する。髪を乾かすために火と風の魔法を重ねて温風を作るケイトに、エリュは教えて欲しいと強請った。小さな魔法を覚える中に、少しずつ仕込みをしていく。幼いエリュでも使える魔法で、大きな成果を得られるように。


 過去の建国祭に、皇帝エウリュアレは顔を見せていない。いるように振る舞った籠が置かれるだけだった。権威を示すために存在は誇示しなければならない。だが危険には晒せないので、代理を立てた。


 小細工が徐々にバレるのは、当然だろう。ゆえに、エリュの存在が一部の貴族に、切り札として扱われ始める。彼女を得れば、ベリアルやリリンを黙らせ、自分達が要職を握れると考えた。短絡的だが、政で言えば正解だ。


 そこにエリュの秘密が関わってさえいなければ……他に皇族が多く生きていれば、エリュは傀儡として最適なのだから。


「僕はシェンじゃなく、蛇神シェーシャとして参加するよ」


「よろしくお願いします」


 ベリアルはメモを取らずに、詳細を暗記していく。文官のトップに立つ彼は、優秀な男だった。二人で作戦を立てて実行し、リリンはエリュの護衛に当てる。公表する内容に一部、誤解させる文言を入れることとなった。すなわち「エリュの望まぬ未来をつくれば、魔族は滅びる」と。


 真実をすべて明かせば、今後の切り札がなくなる。嘘をつく必要はなかった。ただ、誤解させればいい。それが真実だと信じ込むような言い回しを使って、彼らに事実を誤認させるのだ。


「シェン! 一緒におやつ食べよう」


「どんなの作ったの?」


 話し合いの間、エリュにはおやつ作りを頼んだ。ケイトと一緒に甘いゼリーを作った。ガラスの器に盛ったゼリーを自慢げに掲げるエリュに、シェンは手を叩く。


「すごい! 綺麗だね。中に入ってるのは果物?」


「うん、ケイトが剥いてくれたの」


 飾り切りした果物の真ん中に、鮮やかな原色のゼリーが揺れる。中にも果物を入れて美味しそうな出来栄えだった。上に絞ったクリームも色を添える。


「一緒に食べよう」


 エリュの誘いにシェンは頷く。もう打ち合わせは終わった。後は調整を行うだけ。大筋が決まり、神であるシェーシャが当日動けば、すべては丸く収まる。調整くらいはベリアルに任せるとしよう。


「ベルも来て。リリンも」


 手を繋いだリリンも誘い、エリュは嬉しそうに部屋の中へ向かう。その左手に持った器が傾いて、飾りのクリームや果物が落ちそうになる。それを指先で風を操り、シェンが支えた。到着したテーブルに器を置いたところで、そっと魔法を解く。ゼリーがぷるんと揺れた。


「食べよ!」


 無邪気に誘うエリュに頷き、4人は一緒にテーブルを囲む。ケイトも誘われたが、給仕が仕事なのでと断られた。楽しくおやつを食べ終えた後、ベリアルが青い顔で立ち上がる。


「お、お先に」


 いつもなら「仕事がありますので」など言葉を足すのだが、急ぎ足で部屋を出た。見送るシェンは肘をついて、察した事情に肩を竦める。


 食べたフリで収納魔法へ突っ込む手段もあるが、大切な主君の手料理なので誠実に対応したのだろう。バカだな。甘い物が苦手なら、そう言えばいいのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る