46.幼くとも生まれながらの皇帝

 眼下に広がる光景に、エリュは驚いて止まった。促されてテラスへ出ていく。手すりの手前で止まったエリュへ、シェンは小声で指示を出した。


「エリュ、練習した通りに手を振って」


「怖い」


「平気だよ、僕も隣にいるし」


 笑顔で安心させながら手を握る。おずおずと頷いたエリュは右手を大きく持ち上げた。左手はシェンと繋いでおり、皇帝杖を握った右手を少し振る。途端に歓声が上がった。声の大きさにびっくりして手を止める。促されてまた振る……その繰り返しだった。


 豆粒ほどに小さく見えるだろうエリュは、塔のテラスから下を覗き込んだ。こんなにたくさんの人、どこにいたんだろう。首を傾げるエリュのティアラが光る。すべてを魔法で固定しておいてよかった。皇帝杖を落としたとしても、次の瞬間エリュの手元に戻るよう術をかけている。絶対に落とすか置き忘れると思うから。


 集まった熱狂的な魔族は、さまざまな種族が犇めいている。角や羽、牙、爪、毛皮や鱗。特徴も人それぞれで、エリュは初めての景色に興奮した。


「シェン、いっぱいだね」


「皆、エリュに会いに来たんだ。もっと大きく手を振ってあげて。遠い人は大変だからね」


「わかった!」


 徐々に騒がしい状況に慣れたエリュは、大きく杖を振る。遠くまで歓声が広がっていき、エリュはにこにこと笑った。エリュ本人には説明していないが、遠くまで姿が見えるよう投影魔法を使っている。エリュの愛らしい笑顔は、見える範囲の誰もが目に焼き付けたことだろう。


 多少黒い気配が混じっているが、ほとんどは純粋に皇帝陛下のお披露目を喜んでいた。想像より幼い皇帝が両親を失ったことを、民は知っている。だからこそ、歓声は大きかった。応援と激励、そして可愛い幼女への支持表明だ。


「疲れてない?」


「うん! すごいねぇ、皆来てくれたんだね」


 ずっと宮殿の中に閉じ籠って生きるエリュは、国民を守る皇帝という肩書きを理解していない。他人事のように受け止めてきた。初代が建国を宣言した年に一度の祭りを目にして、ようやく実感が湧いたのだ。


 守るべき民、崇められる皇帝。支えてくれるベリアルやリリン、ケイト達の献身。すべてがエリュの中で形と色を得ていく。


「エリュはこの人達を守るため、絶対に死んじゃダメなんだ。でも安心して。僕が君を守るから」


「がんばる」


 すべてを知らずに、何もかも悟ったような目をする幼子は、へらりと頬を笑み崩した。この笑顔は、フルーレティにそっくりだ。決断の早さや覚悟の決め方はアドラメレクに似ている。涙ぐむベリアルに肩を竦め、この後の祝賀会をどう乗り切るか。シェンの考えはそちらに移っていく。


 祭りはまだ始まったばかり。ここからが戦いだった。戦うからには、どんな手を使っても勝つのが蛇神の流儀だ。甘い蜜に集る貴族を処理し、仕分けて使いこなすのも上位者の役割だよね。魔族の誰より長寿な神は、薄ら寒い笑みを浮かべた。


 どんな手を使ってくるかな?

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