40.拉致された先でピクニックを

 愚か者はどの時代にもいるのだな。シェンはそんな感想を抱きながら、拘束に甘んじていた。前回の計画的な行動と違い、今回は予定外の拉致だ。幸いなのは、エリュが怖がっていないこと。自分も一緒だったことと笑った。


 蛇神であるシェンが同行している以上、どこへ連れて行かれても一瞬で帰る方法がある。その上、危害を加えられないよう結界を張ることも可能だった。前回のなんたら侯爵と一味は捕まえたので、今回は別件だろう。


 すでにベリアルとリリンへ通報は済んでいる。彼らも騎士を揃えて合図を待っているはず。さて、救出の機会を与えずに自力で逃げてしまったら、彼らの面目を潰してしまうか、どうか。


 放り込まれたのは、地下牢。前回もそうだが、他に選択肢がないのだろうか。呆れながら暗い部屋に転がった。エリュはきょとんとした顔でシェンを見ている。扉が閉まって足音が遠ざかると、シェンに尋ねた。


「これ、訓練のお勉強?」


「残念ながら本番だよ。僕のあげたロケットはつけてる?」


「うん。取られなかった」


 ポシェットにも魔法陣や仕掛けが入っていたが、捕まってすぐに奪われてしまった。兎のポシェットがお気に入りのエリュは頬を膨らませてぼやく。手首を結んだ縄を解いて、エリュも自由にする。それからポシェットは取り返してあげると約束した。


 薄暗い中でもシェンは見えるが、エリュはそうもいかない。柔らかな光を作り出した。魔法で作られた光は、エリュの顔を照らし出す。


「本当? 返ってくる?」


「僕は嘘を言わないよ。エリュは怖くないかい」


「怖くないけど、お腹すいた」


 両手でお腹を押さえる。おやつを入れたポシェットがないので、しょんぼりとしたエリュの前に、収納から取り出したおやつを並べた。


「お茶もあるよ」


「ピクニックみたいだね」


 無邪気に笑うエリュは、慣れてしまったらしい。攫われても騒ぐと危険、の言い聞かせを忠実に守っていた。一緒にシェンがいるから平気と口にする。


「手を洗おう」


 水魔法で水の塊を作り、手を突っ込んで洗う。その後柔らかなタオルでよく拭いた。浄化でも手は綺麗になるが、こういう時は柔らかな毛布やタオルが気持ちを落ち着ける。冷える石の地下牢とは思えない、分厚い絨毯を敷いた。その上に靴を脱いで座り、お菓子やお茶を乗せたトレーを置く。


 完全にピクニックの様相を呈していた。助けが来るまでお茶を飲んで待つのも、悪くないな。ふかふかの毛布を取り出して被り、寝転がって焼き菓子を頬張る。


「いいのかな」


「一緒に怒られてあげる」


 行儀が悪いと叱られるよ。そう心配するエリュに約束をして、子ども達は寝転んだ。お菓子を溢しても、寝転んで齧っても誰も叱らない。だんだん楽しくなってきて、二人は食べ終わると目を閉じた。


 互いの指を絡めて眠りの中に落ちていく。エリュが完全に眠ったのを確かめ、シェンは結界を張った。その上でリリン達への合図を送る。救出まで1時間以内。食後のお昼寝にはちょうどいい。


 エリュの肩を滑り落ちた毛布を掴み、しっかり首まで覆った。


「もうすぐお迎えが来るからね」


 攫われる前に逃げる手もあるけど、相手を特定して排除するのも大切だ。何度も襲わせてあげる気はないからね。年長者故の狡さを滲ませ、蛇神はにたりと笑った。

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