41.幼子は知らないそれぞれの戦い

 温かな毛布に包まり、お互いに手を握り合って笑う。空腹も紛れた二人は、幸せそうに惰眠を貪った。


 その頃、外は大騒ぎだった。青宮殿の中に侵入した犯人を特定する侍女ケイトが、短剣片手に敵を追い詰める。新しく入った下女は、抵抗のために魔法を放った。だが青宮殿内は攻撃魔法を無効化する。蛇神ほどの力があれば突き破るだろうが、暗殺者には無理だった。


 花瓶に飾られた花が蔓を伸ばし、攻撃魔法を放った侵入者を絡め取る。防御装置のひとつだ。逃げようともがく程絡みつく蔓を眺め、ケイトは獲物を仕留めた。可愛い仕事服が汚れないよう気をつけながら、窓の外へ死体を放り出す。窓下に植えられた薔薇が死体を飲み込み、あっという間に証拠を隠滅した。


 宮殿内に植えられた植物の大半が、特殊な性質を持っている。近くの窓から別の侍女が侵入者を捨てるのが見えた。


「こうしてはいられない。急いでベッドメイクしなきゃ」


 戻って来たら休憩するだろう幼い主君を思い浮かべ、ケイトは準備に向かった。途中で合流した同僚と仕事を手分けして、大急ぎで主君の私室を掃除する。ベッドメイクを終えると、枕元に大切な絵姿の本を置いた。飲み物も準備し、果物も籠に積む。ぐるりと見回し、満足げに微笑んだ。


 青宮殿が落ち着きを取り戻す頃、ベリアルは敵の割り出しに成功した。国境付近を守る伯爵家のご隠居だ。自分達が体を張って守る皇帝が、幼子では満足できなかったらしい。エリュの本当の価値を知らない、その程度の存在だった。


「辺境伯から助命嘆願が出ておりますが」


「シェン様のお心ひとつですね。愚かな羽虫の暴走、ですが……私は許したくありません」


 にっこり笑って、辺境伯から届いた手紙を破った。一応シェンに目を通してもらうため、縦に引き裂くに留める。


「出るわ!」


「気をつけて。陛下に無事お戻りいただけるよう……」


「わかってる」


 リリンは自信に溢れた笑みを残して遮り、颯爽と飛び出して行った。見送るのは癪だし、自分で助けにも行きたい。だが仕事は溢れていた。愚かな辺境伯のご隠居へ余計な知恵を授けた、バカの洗い出しだ。そこから皇帝に対し悪意をもつ貴族を探し、排除する仕事だった。誰かに任せたり、手を抜くわけに行かない。


「まあ、シェン様がご一緒ならケガひとつないでしょう」


 窓の外へ目をやり、すぐに部下へ指示を出した。的確に無駄なく、そして端的に。役割を伝えるたびに部下が出ていく。入れ替わりで戻る者にも指示を出し続け、一段落したのは1時間後だった。


 飛び出したリリンは、シェンの目印を頼りに屋敷を攻撃。屋敷にいた者は正邪問わずに取り押さえた。こうして急襲できるのも、シェンがエリュを守るからだ。間違っても彼女を傷つけられる心配がないから、安心して攻撃に専念できた。


「くそっ、ただ先帝の娘というだけのガキを」


 吐き捨てた老人を蹴り飛ばす。かつて辺境の壁と称えられた武人も、老いてリリンに勝てる実力はなかった。彼が称えられたのは、あくまでも地方レベルの話だ。宮殿に仕える上位の騎士や、将軍を相手に立ち向かえる強さはなかった。


「陛下への侮辱罪も付けておくわね。あの方は魔族にとって失えない方なの」


 リリンの言葉を正確に理解できる者は、この屋敷にいない。それがもどかしかった。

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