39.大切な人を描いた力作

 ロケットに絵姿を入れるため、二人で描き始めた。小さな絵は難しいので、ある程度大きな紙に描いてから紙を縮める魔法を使う。楕円形の紙に競うように描き始めたエリュとシェンは、色塗りを終えてようやく筆を置いた。


 休憩時間もなく夢中で描いたため、ほぼ完成している。シェンが描いたのは、アドラメレクとフルーレティだ。少し迷って、フルーレティに赤子を抱かせた。実際に見た光景ではないが、エリュの心を慰めるだろう。


 エリュはといえば、夢中になって友人を描いていた。ベリアル、リリン、侍女のケイトや仲間達。中央に自分と手を繋ぐシェン。細かく描き込まれた絵を横から覗いて、シェンは注意しかけた口を塞いだ。


 こんなに細かく描いたら、小さくしたときに見えなくなってしまう。だが、それをエリュに告げるのは無粋だった。一生懸命、自分が大切に思う人を描いたのだ。微笑んで褒める以外の選択がない。


「エリュ、上手だね」


「ありがとう。パパとママは描けた?」


「もちろんさ、ほら……エリュが生まれた時の絵だよ」


 シェンが指差すのは、母親に抱かれたエリュだ。赤子の顔は見えないが、エリュは嬉しそうに笑った。パパとママと私。その組み合わせは初めてだ。


「ロケットに入る?」


「大丈夫。これならいつも持ち歩けるね」


「うん」


 銀のロケットは、蓋の裏に居場所を知らせる魔法陣が刻まれた。模様の中に混ぜた魔法陣は、他にもある。複数の防御装置として作られたロケットの写真を入れる場所に、小型化した絵を嵌め込む。絵の裏には、絵を保護する魔法をかけた。これで絵が水に溶けたり、日に焼けて劣化する心配はない。


 鎖を首にかけたエリュは、すぐに蓋を開けた。開いては閉じ、また開ける。その度に頬が緩んだ。にこにこと笑う銀髪の幼女を撫でて、シェンはエリュの描いた絵をケイトに渡す。


「これ、額に入れて飾るから。ぴったりの額縁を探してくれる?」


「かしこまりました」


 描いている時から見ていたケイトは、事情を察したらしい。この絵を小さくしたら、ほとんど人物が確認できなくなる。せっかくなので、大きいまま飾ることを決めた。


 少しして運ばれた額は楕円形で、すこしサイズを調整して飾る。勉強に使う応接室の壁に飾られ、訪れる人の目を楽しませた。


「エリュ様が私を……」


「こちらはシェン様、これが私でしょう」


 リリンが感動して言葉をなくし、微笑んだベリアルは幸せそうに絵を眺めた。ケイトはこっそり、その脇に立つ可愛いの、私だと思います。と心の中で主張する。それぞれに満足したエリュの絵は、周囲を幸せにした。なお、庭師は自分の姿がないことに落胆したが、直後にプレゼントした鉢植えが絵の中に登場していると気づいて大喜びしたとか。


 青宮殿は今日も平和で、幼女達の明るい声が響いていた。

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